2009'11.06.Fri
2009'10.03.Sat
『馬鹿やろう!』
そんな罵声が聞こえた気がする。
でもそれは、自分のすぐ傍らからの発言ではなく、霞がかった遠い世界での出来事のように思えていた。
すくなくとも、倒れ行く珠紀はそう認識していた。
水を溜めた銀色の桶の淵に、白いタオルが引っかかっている。
時は明け方。
窓の外は、ようやく白み始めた東の空と、まだ濃紺をしっかりと残した西の空が、お互いを打ち消すようにせめぎあっていた。
「……ん…。」
しかれた布団の上で、珠紀は小さな声をもらし、寝返りを打つ。
そのまま深い眠りの淵から意識を起こし―――、
「あ、真弘先輩……?」
布団の傍らに、胡坐をかいている小さな少年(といっても珠紀よりひとつ年上なのだが)の姿を捉えた。
畳の上で胡坐をかいている真弘は、うつらうつらと上体を揺らしていたが、そのつぶやきに気づいて、はっと顔をあげる。
いつもは生意気な光を宿して輝く翡翠の瞳は、少し赤く腫れていた。
「おきたのか。」
「えっと、何がどうなって。」
「倒れたんだよ。帰ってる途中に。」
「倒れた…?私がですか?」
「ほかに誰がいるんだよ。」
あきれを含んだ真弘の吐き捨てるような一言は、珠紀の発言を肯定している。
珠紀はどうして自分が倒れるような経緯に至ったかを思い出そうとして、学校での出来事を思い出す。
あれは体育の時間だった。
外でマラソンの練習をしているとき、急に豪雨が降り始めた。
校舎から一番遠くのトラックを走っていた珠紀は見事ずぶぬれになり、体育が終わってからもろくに体を拭くことなく着替え、頭がぬれたままで残りの授業を受けたのだ。
豪雨はただの通りすがりの雨だったようで、帰宅するころには上がっていた。
だが、珠紀の長い髪は学校の終了までに乾ききらず、真弘と校門前でであったときには、首筋に薄ら寒い何かを感じていたものだ。
思えばそのときには、すでに風邪を引いていたのだろう。
現に、真弘と落ち合ったとき、彼に「顔赤くないか?」と言われたのだから。
珠紀はそれをてっきり冗談だと捉え、力のごとく否定して、帰路を急いだ。
だが、田と田の間のあぜ道辺りで記憶は途切れている。
おそらく、その時倒れたのだろう。
「つれて帰るの大変だったんだぞ。」
「え、真弘先輩がうちまで運んでくれたんですか?」
「ま、まぁな。」
尊敬の意をこめて真弘を見上げれば、彼は一瞬うろたえ、けれども鼻高々と腰に手を当ててふんぞり返った。珠紀の目は決して見ずに。
―――ああ、嘘なんだろうな。
珠紀はそう思ったが、口には出さず、後日何らかの手段で真実を聞き出そうと心に決めた。
それにしても、倒れる寸前に聞こえた『馬鹿やろう!』は、いささか乱暴な言い草すぎやしないか。
助けてもらったことには感謝だったが、罵声を吐かれたことに対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。
馬鹿とはなんですか、馬鹿とは。
一言言い返してやろうかと思い、首をもたげた時だった。
「心配かけんな、馬鹿。」
衣擦れの音と、耳にかかる暖かい吐息。
体を引き起こすよう、背に回された両腕の抱擁はすこしきついくらいだったが、小さい彼の大きな心配が見て取れた。
重なりあう胸から伝わる彼の鼓動は、力強くて優しく、暖かい。
珠紀は目を閉じて、真弘の背中にその腕を回す。
そして、優しくその背を上下にさすった。
どこにも行かないから、安心して―――そんな意をこめて。
(ああ、私、馬鹿だ。)
大好きな彼を、こんなにも心配にさせてしまうなんて。
彼の言う通り、馬鹿に違いなかった。
だから、心の中でつぶやいた。
馬鹿でごめんなさい、と。
そんな罵声が聞こえた気がする。
でもそれは、自分のすぐ傍らからの発言ではなく、霞がかった遠い世界での出来事のように思えていた。
すくなくとも、倒れ行く珠紀はそう認識していた。
水を溜めた銀色の桶の淵に、白いタオルが引っかかっている。
時は明け方。
窓の外は、ようやく白み始めた東の空と、まだ濃紺をしっかりと残した西の空が、お互いを打ち消すようにせめぎあっていた。
「……ん…。」
しかれた布団の上で、珠紀は小さな声をもらし、寝返りを打つ。
そのまま深い眠りの淵から意識を起こし―――、
「あ、真弘先輩……?」
布団の傍らに、胡坐をかいている小さな少年(といっても珠紀よりひとつ年上なのだが)の姿を捉えた。
畳の上で胡坐をかいている真弘は、うつらうつらと上体を揺らしていたが、そのつぶやきに気づいて、はっと顔をあげる。
いつもは生意気な光を宿して輝く翡翠の瞳は、少し赤く腫れていた。
「おきたのか。」
「えっと、何がどうなって。」
「倒れたんだよ。帰ってる途中に。」
「倒れた…?私がですか?」
「ほかに誰がいるんだよ。」
あきれを含んだ真弘の吐き捨てるような一言は、珠紀の発言を肯定している。
珠紀はどうして自分が倒れるような経緯に至ったかを思い出そうとして、学校での出来事を思い出す。
あれは体育の時間だった。
外でマラソンの練習をしているとき、急に豪雨が降り始めた。
校舎から一番遠くのトラックを走っていた珠紀は見事ずぶぬれになり、体育が終わってからもろくに体を拭くことなく着替え、頭がぬれたままで残りの授業を受けたのだ。
豪雨はただの通りすがりの雨だったようで、帰宅するころには上がっていた。
だが、珠紀の長い髪は学校の終了までに乾ききらず、真弘と校門前でであったときには、首筋に薄ら寒い何かを感じていたものだ。
思えばそのときには、すでに風邪を引いていたのだろう。
現に、真弘と落ち合ったとき、彼に「顔赤くないか?」と言われたのだから。
珠紀はそれをてっきり冗談だと捉え、力のごとく否定して、帰路を急いだ。
だが、田と田の間のあぜ道辺りで記憶は途切れている。
おそらく、その時倒れたのだろう。
「つれて帰るの大変だったんだぞ。」
「え、真弘先輩がうちまで運んでくれたんですか?」
「ま、まぁな。」
尊敬の意をこめて真弘を見上げれば、彼は一瞬うろたえ、けれども鼻高々と腰に手を当ててふんぞり返った。珠紀の目は決して見ずに。
―――ああ、嘘なんだろうな。
珠紀はそう思ったが、口には出さず、後日何らかの手段で真実を聞き出そうと心に決めた。
それにしても、倒れる寸前に聞こえた『馬鹿やろう!』は、いささか乱暴な言い草すぎやしないか。
助けてもらったことには感謝だったが、罵声を吐かれたことに対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。
馬鹿とはなんですか、馬鹿とは。
一言言い返してやろうかと思い、首をもたげた時だった。
「心配かけんな、馬鹿。」
衣擦れの音と、耳にかかる暖かい吐息。
体を引き起こすよう、背に回された両腕の抱擁はすこしきついくらいだったが、小さい彼の大きな心配が見て取れた。
重なりあう胸から伝わる彼の鼓動は、力強くて優しく、暖かい。
珠紀は目を閉じて、真弘の背中にその腕を回す。
そして、優しくその背を上下にさすった。
どこにも行かないから、安心して―――そんな意をこめて。
(ああ、私、馬鹿だ。)
大好きな彼を、こんなにも心配にさせてしまうなんて。
彼の言う通り、馬鹿に違いなかった。
だから、心の中でつぶやいた。
馬鹿でごめんなさい、と。
2009'10.03.Sat
背を流れ伝う湯は、ちょうどいい温度だった。
けれども己の中心は、湯以上の熱を孕んでいるのではないかと思うほど、激しい高ぶりを見せている。
今は白いタオルで隠れて見えないが、腿にかかった危うい一枚布を取り払えば、堂々と首をもたげた<自身>が現れることだろう。
とてもじゃないが、そのことを背後の少女に知らせることは出来なかった。
知られたいとも思わない。
「熱くないですか?」
主語の抜けた問いかけに、雪見は己の身体の高ぶりを見抜かれたのかと思い、答えに詰まる。
けれどもすぐさま、少女の問いかけが、湯加減のことであると気づき、己の先走った深読みに嘆きたくなった。
「ちょうどいい。」
「それなからよかった。」
片手では不自由だろうから、お背中をお流ししますよ。
突然やってきて冷蔵庫の中を漁り、お茶を飲んで、お手洗いに入り、すっきりした顔で出てきた少女は、呆然としている雪見を前に、突然そのようなことを口走った。
雪見は最初、少女の言葉を理解するまでに2分を要したが、テキパキと湯浴みの準備を始めた少女を静止する理性も働かず、気づけばこのような展開になっていた。
今の同居人にすら背中を流させたことは無いというのに。
しばらく姿を見せなかった少女は、一体どこで情報を手に入れたのか、あるいは偶然なのか、こしゃまくれた生意気な居候が居ない時をうまいこと選んでやってきたものだ。
あの子悪魔が部屋に居たならば、決してこのような事態には陥っていない。
小悪魔がそれを全力で阻止するだろうから。
「ねー雪見さん。」
「なんだ。」
「さっきからなんで前のめりなんですか。」
「聞くな喋るな背中だけ流して気が済んだらさっさと風呂から出ろ。」
全く持って空気が読めないのか、あるいはわざとなのか。
少女の暢気な問いかけに、雪見は穴があったら入りたい気分に駆られる。
目に付いた排水溝の中には入る気がしなかったが。
「雪見さんって草食系男子ですよね。」
「知るか。」
「皆、『肉食系男子だろ』、って言うんですけど、そんなことないですよね。雪見さんみたいなへたれはやっぱり草食系男子ですよね。」
皆とは誰のことだ。
人が居ないところでとんでもない話をされているものだ。
そもそもへたれとはなんだ、へたれとは。
俺はへたれでもないし草食系男子なんて可愛いチェリーボーイでも無いぞ!
雪見は心の中で叫ぶ。
それにしても、この少女は一体何が目的なのか。
背中から降ってくる間延びした独り言ともつかない言葉に、だんだん苛立ちが募り始める。
誘っているのか、そうなのか、そうなんだな!
そういうことにした。
「椥。」
「なん――」
シャンプーのポンプから粘性の液体を2プッシュ分手のひらに出していた椥は、さっきまで雪見の白い後頭部が見えていたところに、彼の鋭い相貌を捉えて、一瞬息を詰まらせた。
その機会を逃す手は無い。
目にも留まらぬ速さで椥の両手首を残った片手でつかみ上げ、浴室の床に押し倒す。
裸の雪見とは対照的に、椥はパイル地のハーフパンツに綿のTシャツという、軽装ながらも服を身に着けていた。
だが、決して厚い生地ではないそれらは、排水溝に流れず残った水を吸って、椥の体のラインをうっすらと浮き彫りにさせてゆく。
華奢だ、乱暴すればすぐに壊れてしまうだろうに。
だが、今こうして眼下に組み敷いた椥の体を、容易く解放するつもりなど、今の雪見には無い。
「散々あおったからには、それ相応の覚悟の元にきたんだろうな。」
「えーっと。」
「いいわけは聞かねーぞ。」
右膝を椥の半開きの足の間に割り込ませ、グイ、と繊細な部分に押し付ける。
雪見の意図に気づいてあわてて太ももを閉じようとする椥だったが、到底雪見の力には敵わない。
「背中を流してもらったお駄賃は、ココへのご奉仕で返させてもらおうか。」
「何言ってるんですか、ちょっ…ぁ…!」
そう、これは大人をからかった罰だ。
今まで散々コケにされてきた鬱憤を、今ココで晴らしてやろう。
組み敷かれてうろたえる椥のハーフパンツをおろそうとして―――動かそうとした片手が無いことに気づき、口の中で舌打ちする。
仕方ないから、膝を何度も押し当てて、椥の吐息の変化を探る。
「ゆ、ゆきみ…さっ…」
「どうした、息があがってるぞ。膝で擦られるのが好きなのか。」
「なっ…!」
挑発的な言葉を投げかけると、椥は頬を朱色に染めつつも、目を眇めて雪見をにらみつけた。
けれども、ハーフパンツ越しに擦り続ける雪見の膝がある一点を掠めると、そのきつく眇められた瞳も、一瞬にしてトロンと蕩け、欲情をそそる顔つきに変化する。
その小さな唇から漏れる吐息は、明らかに艶を孕んでいた。
雪見は膝の動きを継続させたまま、今度はTシャツのふくらみに標的を絞る。
うっすらと透けた生地の下には、邪魔なことに、ブラジャーのラインが浮いて見えた。
もしブラジャーを着けていなかったら、二つの突起が自身を主張して、Tシャツを押し上げている様がよく分かっただろう。
「風呂にブラ付けてはいるのは、マナー違反だぜ。」
椥は言い返そうと口を開き、
「っぁあっ!」
出てきたのは、雪見の発言を非難する言葉ではなく、嬌声だった。
雪見がTシャツの上から椥の胸を甘噛みしたせいで発してしまったのだ。
胸からの刺すような刺激が引き金となって、腰の辺りに甘い疼きが忍び寄る。
椥は無意識のうちに腰を上げ、結果として雪見の膝に己の大事なところを擦り付けていた。
その刺激に再び腰が引けるが、雪見がタイミングを見計らって胸を噛むものだから、どうしても腰を浮かせてしまう。
引くに引けない状態とは、まさにこのことだろう。
最初は抵抗のために突っぱねていた椥の両手は、今やすっかり力が抜けきり、雪見が拘束を解いたところで、それすら気づきはしないだろう。
雪見は椥の両腕を戒めていた手を離し、ハーフパンツを脱がそうと手を下に伸ばして、
「雪見さん、何やってるの。」
小悪魔の声を、聞いた。
「ほらね、言ったでしょ。どれだけへたれな雪見さんだって、肉食系男子なんだよ。だからこれからは気をつけてね、椥さん。」
「草食系だって信じてたのに…。」
「そんなこんなで、賭けは俺の勝ちだね。想像通りに動いてくれてありがとう、雪見さん。」
夜の公園。
滑り台の上と下。
小さい影が、半月を見上げて暢気に語らう。
足元の砂場には、首から上だけ出すことを許された哀れな男性の白髪が、月光を反射していた。
けれども己の中心は、湯以上の熱を孕んでいるのではないかと思うほど、激しい高ぶりを見せている。
今は白いタオルで隠れて見えないが、腿にかかった危うい一枚布を取り払えば、堂々と首をもたげた<自身>が現れることだろう。
とてもじゃないが、そのことを背後の少女に知らせることは出来なかった。
知られたいとも思わない。
「熱くないですか?」
主語の抜けた問いかけに、雪見は己の身体の高ぶりを見抜かれたのかと思い、答えに詰まる。
けれどもすぐさま、少女の問いかけが、湯加減のことであると気づき、己の先走った深読みに嘆きたくなった。
「ちょうどいい。」
「それなからよかった。」
片手では不自由だろうから、お背中をお流ししますよ。
突然やってきて冷蔵庫の中を漁り、お茶を飲んで、お手洗いに入り、すっきりした顔で出てきた少女は、呆然としている雪見を前に、突然そのようなことを口走った。
雪見は最初、少女の言葉を理解するまでに2分を要したが、テキパキと湯浴みの準備を始めた少女を静止する理性も働かず、気づけばこのような展開になっていた。
今の同居人にすら背中を流させたことは無いというのに。
しばらく姿を見せなかった少女は、一体どこで情報を手に入れたのか、あるいは偶然なのか、こしゃまくれた生意気な居候が居ない時をうまいこと選んでやってきたものだ。
あの子悪魔が部屋に居たならば、決してこのような事態には陥っていない。
小悪魔がそれを全力で阻止するだろうから。
「ねー雪見さん。」
「なんだ。」
「さっきからなんで前のめりなんですか。」
「聞くな喋るな背中だけ流して気が済んだらさっさと風呂から出ろ。」
全く持って空気が読めないのか、あるいはわざとなのか。
少女の暢気な問いかけに、雪見は穴があったら入りたい気分に駆られる。
目に付いた排水溝の中には入る気がしなかったが。
「雪見さんって草食系男子ですよね。」
「知るか。」
「皆、『肉食系男子だろ』、って言うんですけど、そんなことないですよね。雪見さんみたいなへたれはやっぱり草食系男子ですよね。」
皆とは誰のことだ。
人が居ないところでとんでもない話をされているものだ。
そもそもへたれとはなんだ、へたれとは。
俺はへたれでもないし草食系男子なんて可愛いチェリーボーイでも無いぞ!
雪見は心の中で叫ぶ。
それにしても、この少女は一体何が目的なのか。
背中から降ってくる間延びした独り言ともつかない言葉に、だんだん苛立ちが募り始める。
誘っているのか、そうなのか、そうなんだな!
そういうことにした。
「椥。」
「なん――」
シャンプーのポンプから粘性の液体を2プッシュ分手のひらに出していた椥は、さっきまで雪見の白い後頭部が見えていたところに、彼の鋭い相貌を捉えて、一瞬息を詰まらせた。
その機会を逃す手は無い。
目にも留まらぬ速さで椥の両手首を残った片手でつかみ上げ、浴室の床に押し倒す。
裸の雪見とは対照的に、椥はパイル地のハーフパンツに綿のTシャツという、軽装ながらも服を身に着けていた。
だが、決して厚い生地ではないそれらは、排水溝に流れず残った水を吸って、椥の体のラインをうっすらと浮き彫りにさせてゆく。
華奢だ、乱暴すればすぐに壊れてしまうだろうに。
だが、今こうして眼下に組み敷いた椥の体を、容易く解放するつもりなど、今の雪見には無い。
「散々あおったからには、それ相応の覚悟の元にきたんだろうな。」
「えーっと。」
「いいわけは聞かねーぞ。」
右膝を椥の半開きの足の間に割り込ませ、グイ、と繊細な部分に押し付ける。
雪見の意図に気づいてあわてて太ももを閉じようとする椥だったが、到底雪見の力には敵わない。
「背中を流してもらったお駄賃は、ココへのご奉仕で返させてもらおうか。」
「何言ってるんですか、ちょっ…ぁ…!」
そう、これは大人をからかった罰だ。
今まで散々コケにされてきた鬱憤を、今ココで晴らしてやろう。
組み敷かれてうろたえる椥のハーフパンツをおろそうとして―――動かそうとした片手が無いことに気づき、口の中で舌打ちする。
仕方ないから、膝を何度も押し当てて、椥の吐息の変化を探る。
「ゆ、ゆきみ…さっ…」
「どうした、息があがってるぞ。膝で擦られるのが好きなのか。」
「なっ…!」
挑発的な言葉を投げかけると、椥は頬を朱色に染めつつも、目を眇めて雪見をにらみつけた。
けれども、ハーフパンツ越しに擦り続ける雪見の膝がある一点を掠めると、そのきつく眇められた瞳も、一瞬にしてトロンと蕩け、欲情をそそる顔つきに変化する。
その小さな唇から漏れる吐息は、明らかに艶を孕んでいた。
雪見は膝の動きを継続させたまま、今度はTシャツのふくらみに標的を絞る。
うっすらと透けた生地の下には、邪魔なことに、ブラジャーのラインが浮いて見えた。
もしブラジャーを着けていなかったら、二つの突起が自身を主張して、Tシャツを押し上げている様がよく分かっただろう。
「風呂にブラ付けてはいるのは、マナー違反だぜ。」
椥は言い返そうと口を開き、
「っぁあっ!」
出てきたのは、雪見の発言を非難する言葉ではなく、嬌声だった。
雪見がTシャツの上から椥の胸を甘噛みしたせいで発してしまったのだ。
胸からの刺すような刺激が引き金となって、腰の辺りに甘い疼きが忍び寄る。
椥は無意識のうちに腰を上げ、結果として雪見の膝に己の大事なところを擦り付けていた。
その刺激に再び腰が引けるが、雪見がタイミングを見計らって胸を噛むものだから、どうしても腰を浮かせてしまう。
引くに引けない状態とは、まさにこのことだろう。
最初は抵抗のために突っぱねていた椥の両手は、今やすっかり力が抜けきり、雪見が拘束を解いたところで、それすら気づきはしないだろう。
雪見は椥の両腕を戒めていた手を離し、ハーフパンツを脱がそうと手を下に伸ばして、
「雪見さん、何やってるの。」
小悪魔の声を、聞いた。
「ほらね、言ったでしょ。どれだけへたれな雪見さんだって、肉食系男子なんだよ。だからこれからは気をつけてね、椥さん。」
「草食系だって信じてたのに…。」
「そんなこんなで、賭けは俺の勝ちだね。想像通りに動いてくれてありがとう、雪見さん。」
夜の公園。
滑り台の上と下。
小さい影が、半月を見上げて暢気に語らう。
足元の砂場には、首から上だけ出すことを許された哀れな男性の白髪が、月光を反射していた。
2008'12.12.Fri
「いや、だからよ、これはちょっと限度にも程ってものがあるだろ・・・。」
薄暗い室内。
その中でわずかに発光するのは、少し型落ちしたデスクトップパソコン。
鴉取真弘は画面に表示されたとあるサイトを眺め、一人ごちた。
かれこれ年単位になるのではないかと思われるほど、放置された小説サイトを見ている途中のことである。
「ったく、管理人は何してんだよ。早く連載の続きかけよ、気なるだろーが。」
「ん…。」
背後の寝台で寝ているはずの珠紀が、真弘の少し大きすぎる独り言に目を覚まし、もぞりと布団の中で寝返りを打つ。
真弘は一瞬ギクっと身を震わせて口を押さえるが、幸いにも珠紀はおきていないようだった。
「危ねー、これ見られたらなんて言われるか…。」
開かれたページにつらつらと書かれた文章。
そこには何を隠そう真弘と珠紀が登場している。
真弘が先ほどから文句をたれながら閲覧しているのは、真弘と珠紀のカップリングを扱っている小説サイトだった。
「…仕方ねーな、昔のやつ読み直すか。」
小説選択ページを開いて一番上に張られているリンクから本文ページに飛ぶ。
画面いっぱいに広がる文字列に、見つけた当初はくらりとめまいしたものだ。
けれども読んでみると、これがなかなかアツい。
物語の中の珠紀はとっても可愛くて一生懸命でおしとやかで、真弘のことをいつも考えているのだから、これが喜ばすにいられようか。
しかし現実は…。
「ぐー…。」
「………。」
真弘は昏々と眠りにつく現実の珠紀を見て、小さくため息をついた。
付き合い始めてもう2年と少し経つだろうか。
二人は1年前から小さなアパートを借りて同棲をはじめていた。
最初の頃は毎晩のように虫すらも寄り付かぬほどおあついカップルであったが、最近の珠紀は世間で流行の<ツンデレ>というものを通り越し、熟年夫婦のようなそっない対応ばかりだ。
そんな寂しい中、こんなラブラブしちゃっている自分たちの小説を見つけてしまって、のめりこまないわけが無い。
案の定真弘はサイト内の小説を完読し、次に更新されるのは今か今かと待ち続けていた。
しかし悲しいことに、小説は一向に更新される気配が無い。
「管理人死んだのか?生き返れよ。殺すぞ。」
矛盾した独り言も、次第に闇夜の静寂にまぎれて消えていく。
集中して物語にのめりこんでいた真弘の呼吸は、いつの間にか穏やかな寝息に変わっていた。
翌朝。
寝相の悪さですっかり乱れてしまった布団から、珠紀がのそりと起き上がる。
いつも隣にいるはずの真弘の姿が見えなくてぎょっとするが、椅子に腰掛けパソコンをつけっぱなしで寝ている姿を捉え、あきれた。
「全くもう、寝るときは布団で寝ないと疲れ取れないでしょうに。」
起こそうと思って、うつぶせになった真弘の肩に手を乗せようとする。
けれどもパソコンの画面に表示された文字の羅列に、思わずその手の動きを止めた。
意識せずとも、体の奥から熱いような冷たいような汗がにじんでくる。
そうして固まっているうちに、気配に気づいた真弘が起きて机から上体を起こした。
珠紀は思わず後ろに下がり、窓にかかったカーテンをシャッと開けた。
「ふぁあ~、くっそ、体いてぇ。」
「お、おはようございます。」
「んぁ?あー、もう朝か…。」
窓から差し込む白い日差しに眠気が一瞬にして吹き飛ぶ。
真弘は大きく伸びをして、自分が小説を読んでいるうちに寝てしまったことに気づいた。画面には読みかけの小説が表示されていることにも。
「っ!」
真弘はばっと振り向いて珠紀を見る。
珠紀は窓の外を眺めたままだ。
大丈夫、気づかれていない。少なくとも真弘はそう思う。
即座にマウスでページを閉じ、ついでにパソコンの電源も落としにかかる。
クリックの音、そしてパソコン終了音。
珠紀は背中越しにパソコンの電源が切れたことを確認してから、真弘を見る。完璧な笑顔を貼り付けて。
「今度からちゃんと布団でねてくださいね。」
「あ、ああ。悪かった…。」
今日の珠紀はやけに笑顔だ。真弘は不審に思いつつも、珠紀の機嫌がよさそうなことに嬉しくなる。
こうやって笑顔を向けられるのは久しぶりだ。
「よし、今日も行ってくるか。」
どかどかと、小さい体でわざとらしく大きな足音をさせながら、真弘が部屋を出て行く。
真弘を笑顔で見送った珠紀は、ひとつの秘密に内心冷や汗をかいてた。
あのサイトを、まさか自分が作ったとは口が裂けても言えない。
薄暗い室内。
その中でわずかに発光するのは、少し型落ちしたデスクトップパソコン。
鴉取真弘は画面に表示されたとあるサイトを眺め、一人ごちた。
かれこれ年単位になるのではないかと思われるほど、放置された小説サイトを見ている途中のことである。
「ったく、管理人は何してんだよ。早く連載の続きかけよ、気なるだろーが。」
「ん…。」
背後の寝台で寝ているはずの珠紀が、真弘の少し大きすぎる独り言に目を覚まし、もぞりと布団の中で寝返りを打つ。
真弘は一瞬ギクっと身を震わせて口を押さえるが、幸いにも珠紀はおきていないようだった。
「危ねー、これ見られたらなんて言われるか…。」
開かれたページにつらつらと書かれた文章。
そこには何を隠そう真弘と珠紀が登場している。
真弘が先ほどから文句をたれながら閲覧しているのは、真弘と珠紀のカップリングを扱っている小説サイトだった。
「…仕方ねーな、昔のやつ読み直すか。」
小説選択ページを開いて一番上に張られているリンクから本文ページに飛ぶ。
画面いっぱいに広がる文字列に、見つけた当初はくらりとめまいしたものだ。
けれども読んでみると、これがなかなかアツい。
物語の中の珠紀はとっても可愛くて一生懸命でおしとやかで、真弘のことをいつも考えているのだから、これが喜ばすにいられようか。
しかし現実は…。
「ぐー…。」
「………。」
真弘は昏々と眠りにつく現実の珠紀を見て、小さくため息をついた。
付き合い始めてもう2年と少し経つだろうか。
二人は1年前から小さなアパートを借りて同棲をはじめていた。
最初の頃は毎晩のように虫すらも寄り付かぬほどおあついカップルであったが、最近の珠紀は世間で流行の<ツンデレ>というものを通り越し、熟年夫婦のようなそっない対応ばかりだ。
そんな寂しい中、こんなラブラブしちゃっている自分たちの小説を見つけてしまって、のめりこまないわけが無い。
案の定真弘はサイト内の小説を完読し、次に更新されるのは今か今かと待ち続けていた。
しかし悲しいことに、小説は一向に更新される気配が無い。
「管理人死んだのか?生き返れよ。殺すぞ。」
矛盾した独り言も、次第に闇夜の静寂にまぎれて消えていく。
集中して物語にのめりこんでいた真弘の呼吸は、いつの間にか穏やかな寝息に変わっていた。
翌朝。
寝相の悪さですっかり乱れてしまった布団から、珠紀がのそりと起き上がる。
いつも隣にいるはずの真弘の姿が見えなくてぎょっとするが、椅子に腰掛けパソコンをつけっぱなしで寝ている姿を捉え、あきれた。
「全くもう、寝るときは布団で寝ないと疲れ取れないでしょうに。」
起こそうと思って、うつぶせになった真弘の肩に手を乗せようとする。
けれどもパソコンの画面に表示された文字の羅列に、思わずその手の動きを止めた。
意識せずとも、体の奥から熱いような冷たいような汗がにじんでくる。
そうして固まっているうちに、気配に気づいた真弘が起きて机から上体を起こした。
珠紀は思わず後ろに下がり、窓にかかったカーテンをシャッと開けた。
「ふぁあ~、くっそ、体いてぇ。」
「お、おはようございます。」
「んぁ?あー、もう朝か…。」
窓から差し込む白い日差しに眠気が一瞬にして吹き飛ぶ。
真弘は大きく伸びをして、自分が小説を読んでいるうちに寝てしまったことに気づいた。画面には読みかけの小説が表示されていることにも。
「っ!」
真弘はばっと振り向いて珠紀を見る。
珠紀は窓の外を眺めたままだ。
大丈夫、気づかれていない。少なくとも真弘はそう思う。
即座にマウスでページを閉じ、ついでにパソコンの電源も落としにかかる。
クリックの音、そしてパソコン終了音。
珠紀は背中越しにパソコンの電源が切れたことを確認してから、真弘を見る。完璧な笑顔を貼り付けて。
「今度からちゃんと布団でねてくださいね。」
「あ、ああ。悪かった…。」
今日の珠紀はやけに笑顔だ。真弘は不審に思いつつも、珠紀の機嫌がよさそうなことに嬉しくなる。
こうやって笑顔を向けられるのは久しぶりだ。
「よし、今日も行ってくるか。」
どかどかと、小さい体でわざとらしく大きな足音をさせながら、真弘が部屋を出て行く。
真弘を笑顔で見送った珠紀は、ひとつの秘密に内心冷や汗をかいてた。
あのサイトを、まさか自分が作ったとは口が裂けても言えない。
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