2008'04.02.Wed
2008'03.31.Mon
2008'03.26.Wed
静かな校庭に、厚い雲から大粒の雫が落ちてくる。
手元には、一本の傘。
「じゃあね虹一!メガネ濡らさないようにかえってね!」
「うん、雷鳴さんもこけないようにね。」
たまにはメガネ以外のコメントもほしいものだ。
メガネキャラの不当な扱いにもいい加減慣れてきた虹一は、鮮やかなオレンジの傘を差した雷鳴が、人目を引く金色の髪を舞わせつつ、地面に出来た水溜りの水を豪快にはねながら校門を通り過ぎていく様子を見守った。
猪突猛進という言葉が似合う彼女の背中は、あっという間に視界から消え去る。
雨振る校庭には、これで誰もいなくなった。
というのも、下校時刻を既に1時間は越えているからだ。
この時間帯にもなると、普通の生徒は誰一人として学校に残っていない。
まれに野球部などの体育会系クラブが遅くまで練習のために残っていることもあるが、生憎本日は雨。降りしきる雨の下に、威勢のいい掛け声をあげるスポーツマンの姿を捉えることは出来ない。
既に壬晴は帰宅済み。帷が護衛として家まで付いていっているはずだから、危ない目にはあっていないだろう。
虹一と雷鳴が残っていたのは、雷鳴の新技会議を執り行っていたからだ。会議といっても、雷鳴が一方的に虹一に剣術の型をあーだこーだと述べていただけなのだが。
そんな彼女も7時半からのアニメを見逃せないとかで、今さっき帰ったところ。なんだかんだでまだまだ子どもだ。
虹一は、忍としての非情さは萬天忍者の中では一番だと自負しているものの、任務以外のこととなると、ついつい勢いに飲まれてしまうことを分かっていた。
雷鳴のような人間と一緒に生活する中で、いつの間にか人間くさい甘さを身につけてしまったのかもしれない。
「僕もまだまだかな。」
「何がまだまだなの?」
突然背中越しに声をかけられ、虹一はぎょっと振り返る。
歩み寄られる気配は一切なかった。忍か。
けれども声はよく知った人物のものだった。
雨と夕暮れ色に染まった薄暗い校舎の軒下に、椥がにっこり笑って立っている。
「椥さん…。」
「ごめん、おどろかせちゃった?」
いつだってそう…彼女は一般人のはずなのに、気配を消すことに関してはそこらの下手な忍より上だ。
こうやって気づくことなく背後に迫られたのは、もう何回目になるだろうか。
「こんな時間まで残ってどうしたんです?もう下校時刻は過ぎてますよ。」
「それがね、帷先生に頼まれたテストの採点してて、気づいたら寝ちゃってたの。さっき起きたところ。」
雷鳴と同じで萬天中学の生徒ではないのに、いつの間にやらすっかり校舎に馴染んでいる椥。彼女はよく帷の助手役のようなことをしている。今日も採点という役目を課されたわけだ。
「にしても、まさか雨が降ってるとは思わなかったなぁ。」
曇天から降り注ぐ大粒の雨粒は、椥が採点を始めた頃にはまだ見られなかった。
虹一はさりげなく、困ったように天を仰ぎ見る椥を上から下まで一瞥する。
傘らしきものは、見当たらない。
「…傘、持ってないんですか?」
「うん。」
一般人のはずなのにやたら隠の世に詳しい椥も、本日の天気までは予測できなかったらしい。
包丁やカッターや裁縫道具なんかはどこからともなくほいほい取り出すというのに、傘一本が無くて困っている姿は、不謹慎にも可愛らしいと思ってしまう。
「入っていきます?」
「いいの?」
「このまま椥さんを見捨てて帰るほうが、僕にしてみれば辛いですから。」
「虹一君は優しいね、じゃあお願いします。」
思わずガッツポーズを取りたくなって、けれども恥ずかしいから心の中だけにとどめておく。
傘を開いて手招きすれば、椥はおずおずと傘の下に入ってきた。
触れ合う肩がお互いの距離が近いことを教えてくれて、少しだけ嬉しくなる。
これもひとえに雷鳴のおかげか。彼女の理不尽な誘いに乗らなければ、今頃は家で晩御飯を食べている。こうして椥と出会うことは無かっただろう。
明日一言お礼を言おう。そんなことを考えながら、虹一は椥の家に向かって歩き始める。
憂鬱な雨も、隣に愛しい人が居れば幸せのシャワーだ。
手元には、一本の傘。
「じゃあね虹一!メガネ濡らさないようにかえってね!」
「うん、雷鳴さんもこけないようにね。」
たまにはメガネ以外のコメントもほしいものだ。
メガネキャラの不当な扱いにもいい加減慣れてきた虹一は、鮮やかなオレンジの傘を差した雷鳴が、人目を引く金色の髪を舞わせつつ、地面に出来た水溜りの水を豪快にはねながら校門を通り過ぎていく様子を見守った。
猪突猛進という言葉が似合う彼女の背中は、あっという間に視界から消え去る。
雨振る校庭には、これで誰もいなくなった。
というのも、下校時刻を既に1時間は越えているからだ。
この時間帯にもなると、普通の生徒は誰一人として学校に残っていない。
まれに野球部などの体育会系クラブが遅くまで練習のために残っていることもあるが、生憎本日は雨。降りしきる雨の下に、威勢のいい掛け声をあげるスポーツマンの姿を捉えることは出来ない。
既に壬晴は帰宅済み。帷が護衛として家まで付いていっているはずだから、危ない目にはあっていないだろう。
虹一と雷鳴が残っていたのは、雷鳴の新技会議を執り行っていたからだ。会議といっても、雷鳴が一方的に虹一に剣術の型をあーだこーだと述べていただけなのだが。
そんな彼女も7時半からのアニメを見逃せないとかで、今さっき帰ったところ。なんだかんだでまだまだ子どもだ。
虹一は、忍としての非情さは萬天忍者の中では一番だと自負しているものの、任務以外のこととなると、ついつい勢いに飲まれてしまうことを分かっていた。
雷鳴のような人間と一緒に生活する中で、いつの間にか人間くさい甘さを身につけてしまったのかもしれない。
「僕もまだまだかな。」
「何がまだまだなの?」
突然背中越しに声をかけられ、虹一はぎょっと振り返る。
歩み寄られる気配は一切なかった。忍か。
けれども声はよく知った人物のものだった。
雨と夕暮れ色に染まった薄暗い校舎の軒下に、椥がにっこり笑って立っている。
「椥さん…。」
「ごめん、おどろかせちゃった?」
いつだってそう…彼女は一般人のはずなのに、気配を消すことに関してはそこらの下手な忍より上だ。
こうやって気づくことなく背後に迫られたのは、もう何回目になるだろうか。
「こんな時間まで残ってどうしたんです?もう下校時刻は過ぎてますよ。」
「それがね、帷先生に頼まれたテストの採点してて、気づいたら寝ちゃってたの。さっき起きたところ。」
雷鳴と同じで萬天中学の生徒ではないのに、いつの間にやらすっかり校舎に馴染んでいる椥。彼女はよく帷の助手役のようなことをしている。今日も採点という役目を課されたわけだ。
「にしても、まさか雨が降ってるとは思わなかったなぁ。」
曇天から降り注ぐ大粒の雨粒は、椥が採点を始めた頃にはまだ見られなかった。
虹一はさりげなく、困ったように天を仰ぎ見る椥を上から下まで一瞥する。
傘らしきものは、見当たらない。
「…傘、持ってないんですか?」
「うん。」
一般人のはずなのにやたら隠の世に詳しい椥も、本日の天気までは予測できなかったらしい。
包丁やカッターや裁縫道具なんかはどこからともなくほいほい取り出すというのに、傘一本が無くて困っている姿は、不謹慎にも可愛らしいと思ってしまう。
「入っていきます?」
「いいの?」
「このまま椥さんを見捨てて帰るほうが、僕にしてみれば辛いですから。」
「虹一君は優しいね、じゃあお願いします。」
思わずガッツポーズを取りたくなって、けれども恥ずかしいから心の中だけにとどめておく。
傘を開いて手招きすれば、椥はおずおずと傘の下に入ってきた。
触れ合う肩がお互いの距離が近いことを教えてくれて、少しだけ嬉しくなる。
これもひとえに雷鳴のおかげか。彼女の理不尽な誘いに乗らなければ、今頃は家で晩御飯を食べている。こうして椥と出会うことは無かっただろう。
明日一言お礼を言おう。そんなことを考えながら、虹一は椥の家に向かって歩き始める。
憂鬱な雨も、隣に愛しい人が居れば幸せのシャワーだ。
2008'03.26.Wed
2008'03.23.Sun
旅先で物を落とすことほど、不幸なことは無い。
更にそれが貴重品であるならば、とんでもない打撃となる。
珠紀はまさに今、その不幸な事態に直面していた。
「…携帯が、無い。」
小さな呟きに、真弘はものすごく幸せそうな顔を一瞬にして不機嫌で彩り、視線を正面に置かれたハンバーガーの山から珠紀に移した。
ここは京都駅のすぐ近くにあるハンバーガーショップ。
都会特有の狭いスペースを活用するべく地下に設置された客席で、真弘は一番安いバーガーを4つも注文して、今まさに食べようとしていたところだ。
ちなみに珠紀はチーズバーガーと最近発売されたシャカシャカなんとやらの2品目をセレクトしたが、携帯を無くしたショックのせいか、目の前の2品目はちっとも喉を通りそうになかった。
「ドコで落とした?」
「…分かりません。」
二人が京都駅についてからもう5時間は経過している。
珠紀が最後に携帯を弄った記憶は、2時を過ぎた頃。
だからこの3時間の間に落とすか取られるかしたのだろうが、ドコで紛失したかまったく見当がつかなかった。
京都についてから散々駅ビル内や神社を歩き回った。慣れない土地だ。地名や建物名もろくにおぼえていない。
ここで読者諸君は疑問に思うだろう。何故、珠紀と真弘は京都にいるのか、と。
それを説明するには、真弘の恥ずかしすぎて悲しい大学生活事情を語らなければならない。
というのも、真弘はもう3年だというのに単位不足で留年しそうなのだ。
成績表が届くのが春休みの最後の週という、ある意味焦らしプレイ満載な真弘先輩が通う大学は、規定単位に満たなければ、決して次の学年にあがれないシステムによって構築されている。
真弘先輩は言った。
「留年するくらいだったら辞めてやる。」と。
珠紀は散々止めたが、真弘曰く、珠紀と同学年になるのが許せないらしい。
真弘らしいといえばそうだが…ちょっと将来に不安を感じずには居られない珠紀だった。
珠紀だけでなく両親の説得にもまったく耳を貸さなかった真弘は、春休みが終盤に差し掛かった頃、こんなことを言いはじめた。
「どこかに旅行に行こう。」と。
大学を辞めてしまったら就職せざるを得ない。
就職するということは、自由な時間がなくなってしまうことを意味している。
だから、最後になるかもしれない春休みを二人の思い出に残るものにしたいという真弘の希望で、遠路はるばる京都にやってきたのだ。
美鶴が必死に「旅にお供します!二人きりになんてさせられませんっ!」と、大きな風呂敷を背負って玄関先から裸足で追いかけて来るのを振りほどくのは大変だった。
珠紀は申し訳なくて振り返ることが出来なかったのだが、真弘いわく、美鶴は鬼の形相だったらしい。
そこまでして(?)出てきた京都で携帯を紛失するのは、不幸としかいいようがないだろう。
「しかたねぇな。」
真弘は心底不機嫌そうな声をとどろかせ、むんずと目の前に詰まれたバーガーを一つ手に取った。
あれよあれよという間に一つをたいらげると、二つ目、三つ目、四つ目までも、ぺろりと食べてしまう。
その間僅か2分に満たなかっただろうが。
少なくとも珠紀には相当早く感じられた。
「ぼさっとしてないでさっさと食べろ、探しにいくぞ。」
「…え。」
「えっ、じゃねぇよ!とにかく早く食え!」
「は、はいっ。」
周囲の視線もなんのその。
鋭い眼光で急かしてくる真弘に従い、チーズバーガーとシャカシャカなんとやらを口の中に運ぶ。
よほど気落ちしているのか、喉に引っかかる感じがした。味なんてほとんど分からない。
もそもそと珠紀が2品目を咀嚼している間にも、真弘は自分の携帯を取り出してどこかの番号に電話しているようだった。
けれども繋がらなかったようで、不機嫌そうに舌打ちし、乱暴にジーパンの後ポケットにねじ込む。
「食ったか?」
「はい。」
「よし、行くぞ。」
ガタンと乱暴に席を立つと、珠紀が付いてくるのも確認せずに地下から出て行く。
机の上には、丁寧に折りたたまれた二つの紙と、くしゃくしゃになった4つ分のバーガーの紙が乗った盆が一つ残されている。
残骸を片付けるのはいつも珠紀の役目だ。
ダストボックスにお盆ごと突っ込んでゴミをふるい落とし、お盆だけを引っこ抜いてボックスの上に乗せる。
携帯が無いから万が一はぐれたら面倒なことになるなと思いつつ、珠紀は地下から地上へと続く階段を上った。
更にそれが貴重品であるならば、とんでもない打撃となる。
珠紀はまさに今、その不幸な事態に直面していた。
「…携帯が、無い。」
小さな呟きに、真弘はものすごく幸せそうな顔を一瞬にして不機嫌で彩り、視線を正面に置かれたハンバーガーの山から珠紀に移した。
ここは京都駅のすぐ近くにあるハンバーガーショップ。
都会特有の狭いスペースを活用するべく地下に設置された客席で、真弘は一番安いバーガーを4つも注文して、今まさに食べようとしていたところだ。
ちなみに珠紀はチーズバーガーと最近発売されたシャカシャカなんとやらの2品目をセレクトしたが、携帯を無くしたショックのせいか、目の前の2品目はちっとも喉を通りそうになかった。
「ドコで落とした?」
「…分かりません。」
二人が京都駅についてからもう5時間は経過している。
珠紀が最後に携帯を弄った記憶は、2時を過ぎた頃。
だからこの3時間の間に落とすか取られるかしたのだろうが、ドコで紛失したかまったく見当がつかなかった。
京都についてから散々駅ビル内や神社を歩き回った。慣れない土地だ。地名や建物名もろくにおぼえていない。
ここで読者諸君は疑問に思うだろう。何故、珠紀と真弘は京都にいるのか、と。
それを説明するには、真弘の恥ずかしすぎて悲しい大学生活事情を語らなければならない。
というのも、真弘はもう3年だというのに単位不足で留年しそうなのだ。
成績表が届くのが春休みの最後の週という、ある意味焦らしプレイ満載な真弘先輩が通う大学は、規定単位に満たなければ、決して次の学年にあがれないシステムによって構築されている。
真弘先輩は言った。
「留年するくらいだったら辞めてやる。」と。
珠紀は散々止めたが、真弘曰く、珠紀と同学年になるのが許せないらしい。
真弘らしいといえばそうだが…ちょっと将来に不安を感じずには居られない珠紀だった。
珠紀だけでなく両親の説得にもまったく耳を貸さなかった真弘は、春休みが終盤に差し掛かった頃、こんなことを言いはじめた。
「どこかに旅行に行こう。」と。
大学を辞めてしまったら就職せざるを得ない。
就職するということは、自由な時間がなくなってしまうことを意味している。
だから、最後になるかもしれない春休みを二人の思い出に残るものにしたいという真弘の希望で、遠路はるばる京都にやってきたのだ。
美鶴が必死に「旅にお供します!二人きりになんてさせられませんっ!」と、大きな風呂敷を背負って玄関先から裸足で追いかけて来るのを振りほどくのは大変だった。
珠紀は申し訳なくて振り返ることが出来なかったのだが、真弘いわく、美鶴は鬼の形相だったらしい。
そこまでして(?)出てきた京都で携帯を紛失するのは、不幸としかいいようがないだろう。
「しかたねぇな。」
真弘は心底不機嫌そうな声をとどろかせ、むんずと目の前に詰まれたバーガーを一つ手に取った。
あれよあれよという間に一つをたいらげると、二つ目、三つ目、四つ目までも、ぺろりと食べてしまう。
その間僅か2分に満たなかっただろうが。
少なくとも珠紀には相当早く感じられた。
「ぼさっとしてないでさっさと食べろ、探しにいくぞ。」
「…え。」
「えっ、じゃねぇよ!とにかく早く食え!」
「は、はいっ。」
周囲の視線もなんのその。
鋭い眼光で急かしてくる真弘に従い、チーズバーガーとシャカシャカなんとやらを口の中に運ぶ。
よほど気落ちしているのか、喉に引っかかる感じがした。味なんてほとんど分からない。
もそもそと珠紀が2品目を咀嚼している間にも、真弘は自分の携帯を取り出してどこかの番号に電話しているようだった。
けれども繋がらなかったようで、不機嫌そうに舌打ちし、乱暴にジーパンの後ポケットにねじ込む。
「食ったか?」
「はい。」
「よし、行くぞ。」
ガタンと乱暴に席を立つと、珠紀が付いてくるのも確認せずに地下から出て行く。
机の上には、丁寧に折りたたまれた二つの紙と、くしゃくしゃになった4つ分のバーガーの紙が乗った盆が一つ残されている。
残骸を片付けるのはいつも珠紀の役目だ。
ダストボックスにお盆ごと突っ込んでゴミをふるい落とし、お盆だけを引っこ抜いてボックスの上に乗せる。
携帯が無いから万が一はぐれたら面倒なことになるなと思いつつ、珠紀は地下から地上へと続く階段を上った。
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