2008'03.26.Wed
静かな校庭に、厚い雲から大粒の雫が落ちてくる。
手元には、一本の傘。
「じゃあね虹一!メガネ濡らさないようにかえってね!」
「うん、雷鳴さんもこけないようにね。」
たまにはメガネ以外のコメントもほしいものだ。
メガネキャラの不当な扱いにもいい加減慣れてきた虹一は、鮮やかなオレンジの傘を差した雷鳴が、人目を引く金色の髪を舞わせつつ、地面に出来た水溜りの水を豪快にはねながら校門を通り過ぎていく様子を見守った。
猪突猛進という言葉が似合う彼女の背中は、あっという間に視界から消え去る。
雨振る校庭には、これで誰もいなくなった。
というのも、下校時刻を既に1時間は越えているからだ。
この時間帯にもなると、普通の生徒は誰一人として学校に残っていない。
まれに野球部などの体育会系クラブが遅くまで練習のために残っていることもあるが、生憎本日は雨。降りしきる雨の下に、威勢のいい掛け声をあげるスポーツマンの姿を捉えることは出来ない。
既に壬晴は帰宅済み。帷が護衛として家まで付いていっているはずだから、危ない目にはあっていないだろう。
虹一と雷鳴が残っていたのは、雷鳴の新技会議を執り行っていたからだ。会議といっても、雷鳴が一方的に虹一に剣術の型をあーだこーだと述べていただけなのだが。
そんな彼女も7時半からのアニメを見逃せないとかで、今さっき帰ったところ。なんだかんだでまだまだ子どもだ。
虹一は、忍としての非情さは萬天忍者の中では一番だと自負しているものの、任務以外のこととなると、ついつい勢いに飲まれてしまうことを分かっていた。
雷鳴のような人間と一緒に生活する中で、いつの間にか人間くさい甘さを身につけてしまったのかもしれない。
「僕もまだまだかな。」
「何がまだまだなの?」
突然背中越しに声をかけられ、虹一はぎょっと振り返る。
歩み寄られる気配は一切なかった。忍か。
けれども声はよく知った人物のものだった。
雨と夕暮れ色に染まった薄暗い校舎の軒下に、椥がにっこり笑って立っている。
「椥さん…。」
「ごめん、おどろかせちゃった?」
いつだってそう…彼女は一般人のはずなのに、気配を消すことに関してはそこらの下手な忍より上だ。
こうやって気づくことなく背後に迫られたのは、もう何回目になるだろうか。
「こんな時間まで残ってどうしたんです?もう下校時刻は過ぎてますよ。」
「それがね、帷先生に頼まれたテストの採点してて、気づいたら寝ちゃってたの。さっき起きたところ。」
雷鳴と同じで萬天中学の生徒ではないのに、いつの間にやらすっかり校舎に馴染んでいる椥。彼女はよく帷の助手役のようなことをしている。今日も採点という役目を課されたわけだ。
「にしても、まさか雨が降ってるとは思わなかったなぁ。」
曇天から降り注ぐ大粒の雨粒は、椥が採点を始めた頃にはまだ見られなかった。
虹一はさりげなく、困ったように天を仰ぎ見る椥を上から下まで一瞥する。
傘らしきものは、見当たらない。
「…傘、持ってないんですか?」
「うん。」
一般人のはずなのにやたら隠の世に詳しい椥も、本日の天気までは予測できなかったらしい。
包丁やカッターや裁縫道具なんかはどこからともなくほいほい取り出すというのに、傘一本が無くて困っている姿は、不謹慎にも可愛らしいと思ってしまう。
「入っていきます?」
「いいの?」
「このまま椥さんを見捨てて帰るほうが、僕にしてみれば辛いですから。」
「虹一君は優しいね、じゃあお願いします。」
思わずガッツポーズを取りたくなって、けれども恥ずかしいから心の中だけにとどめておく。
傘を開いて手招きすれば、椥はおずおずと傘の下に入ってきた。
触れ合う肩がお互いの距離が近いことを教えてくれて、少しだけ嬉しくなる。
これもひとえに雷鳴のおかげか。彼女の理不尽な誘いに乗らなければ、今頃は家で晩御飯を食べている。こうして椥と出会うことは無かっただろう。
明日一言お礼を言おう。そんなことを考えながら、虹一は椥の家に向かって歩き始める。
憂鬱な雨も、隣に愛しい人が居れば幸せのシャワーだ。
手元には、一本の傘。
「じゃあね虹一!メガネ濡らさないようにかえってね!」
「うん、雷鳴さんもこけないようにね。」
たまにはメガネ以外のコメントもほしいものだ。
メガネキャラの不当な扱いにもいい加減慣れてきた虹一は、鮮やかなオレンジの傘を差した雷鳴が、人目を引く金色の髪を舞わせつつ、地面に出来た水溜りの水を豪快にはねながら校門を通り過ぎていく様子を見守った。
猪突猛進という言葉が似合う彼女の背中は、あっという間に視界から消え去る。
雨振る校庭には、これで誰もいなくなった。
というのも、下校時刻を既に1時間は越えているからだ。
この時間帯にもなると、普通の生徒は誰一人として学校に残っていない。
まれに野球部などの体育会系クラブが遅くまで練習のために残っていることもあるが、生憎本日は雨。降りしきる雨の下に、威勢のいい掛け声をあげるスポーツマンの姿を捉えることは出来ない。
既に壬晴は帰宅済み。帷が護衛として家まで付いていっているはずだから、危ない目にはあっていないだろう。
虹一と雷鳴が残っていたのは、雷鳴の新技会議を執り行っていたからだ。会議といっても、雷鳴が一方的に虹一に剣術の型をあーだこーだと述べていただけなのだが。
そんな彼女も7時半からのアニメを見逃せないとかで、今さっき帰ったところ。なんだかんだでまだまだ子どもだ。
虹一は、忍としての非情さは萬天忍者の中では一番だと自負しているものの、任務以外のこととなると、ついつい勢いに飲まれてしまうことを分かっていた。
雷鳴のような人間と一緒に生活する中で、いつの間にか人間くさい甘さを身につけてしまったのかもしれない。
「僕もまだまだかな。」
「何がまだまだなの?」
突然背中越しに声をかけられ、虹一はぎょっと振り返る。
歩み寄られる気配は一切なかった。忍か。
けれども声はよく知った人物のものだった。
雨と夕暮れ色に染まった薄暗い校舎の軒下に、椥がにっこり笑って立っている。
「椥さん…。」
「ごめん、おどろかせちゃった?」
いつだってそう…彼女は一般人のはずなのに、気配を消すことに関してはそこらの下手な忍より上だ。
こうやって気づくことなく背後に迫られたのは、もう何回目になるだろうか。
「こんな時間まで残ってどうしたんです?もう下校時刻は過ぎてますよ。」
「それがね、帷先生に頼まれたテストの採点してて、気づいたら寝ちゃってたの。さっき起きたところ。」
雷鳴と同じで萬天中学の生徒ではないのに、いつの間にやらすっかり校舎に馴染んでいる椥。彼女はよく帷の助手役のようなことをしている。今日も採点という役目を課されたわけだ。
「にしても、まさか雨が降ってるとは思わなかったなぁ。」
曇天から降り注ぐ大粒の雨粒は、椥が採点を始めた頃にはまだ見られなかった。
虹一はさりげなく、困ったように天を仰ぎ見る椥を上から下まで一瞥する。
傘らしきものは、見当たらない。
「…傘、持ってないんですか?」
「うん。」
一般人のはずなのにやたら隠の世に詳しい椥も、本日の天気までは予測できなかったらしい。
包丁やカッターや裁縫道具なんかはどこからともなくほいほい取り出すというのに、傘一本が無くて困っている姿は、不謹慎にも可愛らしいと思ってしまう。
「入っていきます?」
「いいの?」
「このまま椥さんを見捨てて帰るほうが、僕にしてみれば辛いですから。」
「虹一君は優しいね、じゃあお願いします。」
思わずガッツポーズを取りたくなって、けれども恥ずかしいから心の中だけにとどめておく。
傘を開いて手招きすれば、椥はおずおずと傘の下に入ってきた。
触れ合う肩がお互いの距離が近いことを教えてくれて、少しだけ嬉しくなる。
これもひとえに雷鳴のおかげか。彼女の理不尽な誘いに乗らなければ、今頃は家で晩御飯を食べている。こうして椥と出会うことは無かっただろう。
明日一言お礼を言おう。そんなことを考えながら、虹一は椥の家に向かって歩き始める。
憂鬱な雨も、隣に愛しい人が居れば幸せのシャワーだ。
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