2009'11.09.Mon
白の中に、茶色の影が見えたのはほんの一瞬だった。
てっきりリングマかと思われたそれだったが、嫌な予感に突き動かされて近寄って見れば、案の定ポケモンではなく人間で。
「ナギ!?」
その人間は、よりにもよって自分の好きな人で、更には倒れているものだから、これ以上困ったことは無いと思った。
―雪山事件簿―
パチ、と薪のはぜる音が洞窟内に木霊する。
外は猛吹雪。
幸い洞窟内は雪風を凌げるだけの奥行きがあるものの、火無くしては凍え死ぬほどの冷え込みだ。
そうであるにもかかわらず、半そで姿の赤帽子の少年は、己より重装備の少女の介抱に励んでいた。
「ニョロ、悪いけど雪を鍋に入れて持ってきてくれ。」
幼い頃からの相棒は、その手に底が深い鍋を握り締め、レッドの言い付け通り洞窟の外へ向かう。
その様子を見送ったレッドは、己の膝上で苦しそうに呼吸する少女の額をそっと撫でる。
額は驚くほど熱かった。
完全に風邪を引いている。
「ナギ、大丈夫か?」
どう見たって大丈夫じゃない。
それでも、そうとしか声をかけられない自分の気の利かなさに腹が立つ。
悔しい思いで唇をかみ締めるレッドの頬に、膝を枕にした少女の指先がそっと伸びた。
「レッド…?」
「ナギ?!」
さっきまでほとんど意識が無かった少女は、弱弱しいながらも、レッドの存在を確かめるように指先で頬をなぞりながら、うっすらと開いた瞳に涙をにじませる。
「生きてる…?」
それはか細い囁きだった。
けれどもレッドの耳には、外の猛吹雪や薪の爆ぜる音以上に、しっかりと聞こえた。
「ああ、生きてる。生きてるよ。」
頬に触れる冷たい手の上に、己の手を重ね、生きていることを伝える。
重ねられた手から伝わる体温に、少女は安堵し、笑みを浮かべた。
その笑顔があまりにも可愛くて、それでいてどこか扇情的で―――。
思わず、喉がコクリと鳴る。
胸の奥から湧きあがるのは、目の前の少女を己の物にしてしまいたいという、黒い感情。
上気した頬と潤んだ瞳、そして荒い吐息のコンボは、健全な少年の本能を刺激するには十分すぎる要因。
けれども今は、欲情している場合ではない。
一瞬の不埒な感情を無理やり押し込め、羽織っている半そでのジャケットをそっと彼女の体にかけてやる。
黒い半袖Tシャツ一枚のレッドと、ロングコートにマフラーと手袋、そしてその上からレッドのジャケットをかけてもらったナギ。
あまりに対極すぎる二人の格好にツッコミを入れる者は、残念ながら誰一人としてこの場に居ない。
そうこうしているうちに、洞窟の外からニョロが言い付け通り雪を鍋につめて戻ってくる。
レッドは鍋を受け取りニョロをボールに戻して、今度はリザードンを繰り出す。
「ちょっと“ひのこ”で炙ってくれないか。」
レッドの命令に、リザードンがカパリと口を開く。
次の瞬間、ひのこなんて可愛いレベルでは済まされない炎が噴出し、一瞬にして鍋の中の雪を溶かした。
半分近くの雪は蒸発したが、残り半分はお湯になり、鍋の中でたぷたぷとゆれている。
これだけあれば、目的には十分な量。
レッドは鞄から風邪薬を取り出して、
「ナギ、これ薬…。」
ナギが、再び意識を失っていることに気がついた。
先ほどより呼吸は落ち着いているが、熱はまだまだ健在。
今年の風邪は厄介だと、数日前にたまたま温泉で一緒になったナツメが言っていたから、早く対処しなければ、相当酷いことになるだろう。
肩をゆすってみるものの、一向に目覚める気配がない。
どうしたものかと思案してみるものの、思いつくことは一つだけ。
「…ごめん。」
小さな謝罪は少女を起こすに至らない。
レッドはナギを抱き寄せて起こすと、薬の封を歯で千切る。
中には丸玉の小さな薬が2個入っていた。
そのうち一粒をナギの口の中にそっと押し込み、鍋からグラスに移した湯を己の口に含む。
これは治療のため。仕方ないことなんだ。
だから、どうか神様、このことがばれて彼女に嫌われませんように―――。
心の中に渦巻くのは、懺悔と、歓喜。
レッドは己の唇をナギの唇にそっと押し当てて、ぬるくなった湯を口の隙間からそっと流し込んだ。
ナギの喉が、小さな薬と湯を嚥下するのを確認してから、名残惜しいと思いつつ、唇を離す。
たった数秒ほどの出来事。
けれども、その数秒のうちにナギの熱が移ってしまったのか、胸の内が熱い。
騒ぎ立てる心臓を叱咤し、けれども己の腕の中に愛しの彼女を抱きしめられる幸せを、そっとかみ締める。
「一晩の辛抱だ、きっと明日にはよくなってるよ。」
風邪が完治する確証はないが、ナツメが寄越したものなのだ。
そこらの薬屋よりはよっぽど効き目があるだろう。
そういえば、この薬はナツメから風邪の話を聞いた後に分けてもらった。
まさか、ナツメはこうなることが読めていたというのか。
(まさか、な。)
考えすぎだと言い聞かせながら、ナギを抱きしめて横になる。
普段ならこんなこと、恥ずかしくて出来ないけど。
今日は介抱だからと自分に言い訳しつつ、目を閉じた。
「あのね、一昨日突然ナツメさんがジムにやって来てね、『シロガネ山にはレッドの亡霊がでるって有名だ』なんて言うから、怖くなって探しにきちゃったの。でも、生きててよかった。」
そう微笑むナギの膝の上で、少年は盛大なくしゃみをする。
彼はおたふく風邪のように頬を赤く染め、肢体に少女のコートやマフラーをかけてもらい、横たわっていた。
完全に風邪を引いてる。
「ねぇレッド、これって風邪薬?」
ナギが見つけたのは、昨晩レッドが封を開けてナギに飲ませた風邪薬の、残り一粒。
ナツメが薬を二粒渡してくれた理由を、身をもって知ったレッドだった。
てっきりリングマかと思われたそれだったが、嫌な予感に突き動かされて近寄って見れば、案の定ポケモンではなく人間で。
「ナギ!?」
その人間は、よりにもよって自分の好きな人で、更には倒れているものだから、これ以上困ったことは無いと思った。
―雪山事件簿―
パチ、と薪のはぜる音が洞窟内に木霊する。
外は猛吹雪。
幸い洞窟内は雪風を凌げるだけの奥行きがあるものの、火無くしては凍え死ぬほどの冷え込みだ。
そうであるにもかかわらず、半そで姿の赤帽子の少年は、己より重装備の少女の介抱に励んでいた。
「ニョロ、悪いけど雪を鍋に入れて持ってきてくれ。」
幼い頃からの相棒は、その手に底が深い鍋を握り締め、レッドの言い付け通り洞窟の外へ向かう。
その様子を見送ったレッドは、己の膝上で苦しそうに呼吸する少女の額をそっと撫でる。
額は驚くほど熱かった。
完全に風邪を引いている。
「ナギ、大丈夫か?」
どう見たって大丈夫じゃない。
それでも、そうとしか声をかけられない自分の気の利かなさに腹が立つ。
悔しい思いで唇をかみ締めるレッドの頬に、膝を枕にした少女の指先がそっと伸びた。
「レッド…?」
「ナギ?!」
さっきまでほとんど意識が無かった少女は、弱弱しいながらも、レッドの存在を確かめるように指先で頬をなぞりながら、うっすらと開いた瞳に涙をにじませる。
「生きてる…?」
それはか細い囁きだった。
けれどもレッドの耳には、外の猛吹雪や薪の爆ぜる音以上に、しっかりと聞こえた。
「ああ、生きてる。生きてるよ。」
頬に触れる冷たい手の上に、己の手を重ね、生きていることを伝える。
重ねられた手から伝わる体温に、少女は安堵し、笑みを浮かべた。
その笑顔があまりにも可愛くて、それでいてどこか扇情的で―――。
思わず、喉がコクリと鳴る。
胸の奥から湧きあがるのは、目の前の少女を己の物にしてしまいたいという、黒い感情。
上気した頬と潤んだ瞳、そして荒い吐息のコンボは、健全な少年の本能を刺激するには十分すぎる要因。
けれども今は、欲情している場合ではない。
一瞬の不埒な感情を無理やり押し込め、羽織っている半そでのジャケットをそっと彼女の体にかけてやる。
黒い半袖Tシャツ一枚のレッドと、ロングコートにマフラーと手袋、そしてその上からレッドのジャケットをかけてもらったナギ。
あまりに対極すぎる二人の格好にツッコミを入れる者は、残念ながら誰一人としてこの場に居ない。
そうこうしているうちに、洞窟の外からニョロが言い付け通り雪を鍋につめて戻ってくる。
レッドは鍋を受け取りニョロをボールに戻して、今度はリザードンを繰り出す。
「ちょっと“ひのこ”で炙ってくれないか。」
レッドの命令に、リザードンがカパリと口を開く。
次の瞬間、ひのこなんて可愛いレベルでは済まされない炎が噴出し、一瞬にして鍋の中の雪を溶かした。
半分近くの雪は蒸発したが、残り半分はお湯になり、鍋の中でたぷたぷとゆれている。
これだけあれば、目的には十分な量。
レッドは鞄から風邪薬を取り出して、
「ナギ、これ薬…。」
ナギが、再び意識を失っていることに気がついた。
先ほどより呼吸は落ち着いているが、熱はまだまだ健在。
今年の風邪は厄介だと、数日前にたまたま温泉で一緒になったナツメが言っていたから、早く対処しなければ、相当酷いことになるだろう。
肩をゆすってみるものの、一向に目覚める気配がない。
どうしたものかと思案してみるものの、思いつくことは一つだけ。
「…ごめん。」
小さな謝罪は少女を起こすに至らない。
レッドはナギを抱き寄せて起こすと、薬の封を歯で千切る。
中には丸玉の小さな薬が2個入っていた。
そのうち一粒をナギの口の中にそっと押し込み、鍋からグラスに移した湯を己の口に含む。
これは治療のため。仕方ないことなんだ。
だから、どうか神様、このことがばれて彼女に嫌われませんように―――。
心の中に渦巻くのは、懺悔と、歓喜。
レッドは己の唇をナギの唇にそっと押し当てて、ぬるくなった湯を口の隙間からそっと流し込んだ。
ナギの喉が、小さな薬と湯を嚥下するのを確認してから、名残惜しいと思いつつ、唇を離す。
たった数秒ほどの出来事。
けれども、その数秒のうちにナギの熱が移ってしまったのか、胸の内が熱い。
騒ぎ立てる心臓を叱咤し、けれども己の腕の中に愛しの彼女を抱きしめられる幸せを、そっとかみ締める。
「一晩の辛抱だ、きっと明日にはよくなってるよ。」
風邪が完治する確証はないが、ナツメが寄越したものなのだ。
そこらの薬屋よりはよっぽど効き目があるだろう。
そういえば、この薬はナツメから風邪の話を聞いた後に分けてもらった。
まさか、ナツメはこうなることが読めていたというのか。
(まさか、な。)
考えすぎだと言い聞かせながら、ナギを抱きしめて横になる。
普段ならこんなこと、恥ずかしくて出来ないけど。
今日は介抱だからと自分に言い訳しつつ、目を閉じた。
「あのね、一昨日突然ナツメさんがジムにやって来てね、『シロガネ山にはレッドの亡霊がでるって有名だ』なんて言うから、怖くなって探しにきちゃったの。でも、生きててよかった。」
そう微笑むナギの膝の上で、少年は盛大なくしゃみをする。
彼はおたふく風邪のように頬を赤く染め、肢体に少女のコートやマフラーをかけてもらい、横たわっていた。
完全に風邪を引いてる。
「ねぇレッド、これって風邪薬?」
ナギが見つけたのは、昨晩レッドが封を開けてナギに飲ませた風邪薬の、残り一粒。
ナツメが薬を二粒渡してくれた理由を、身をもって知ったレッドだった。
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