2009'12.04.Fri
2009'12.04.Fri
「ああ、上を向いたら気管に入っちゃうからダメですよ!」
慌てた声が、暗い洞窟の天上を仰いだワタルを制止した。
ちらつく炎に照らし出された華奢な腕が、下を向くようにと、整髪剤で固めた後頭部を静かに引き寄せる。
ワタルは顔の横を通って後ろに伸びたその腕を掴み、グイと己に引き寄せた。
別に、少女の行為に腹を立てたわけではない。
なんとなく、「こうしたらどうなるのだろう」と思っての行動だった。
ふらついた少女の体はそのままスッポリとワタルの腕の中に納まる。
「えっと、どうされました。」
「気にするな。」
その一言は、物言いたげな顔を浮かべる少女を黙らせるに十分だったようで。
少女はキョトンとしつつも、大人しくワタルの腕の中に囲われる。
腕の中の小さな体は、冷えたワタルの体にじんわりとした温もりを与えてくれて、幼い頃に初めて抱きしめたミニリュウの体温を連想させた。
続けて思い出したのは、ミニリュウがポケモン用の罠によって怪我を負い、血を流しながら冷たくなっていく時のこと。
あの時、自分には力がなくて、命の源を垂れ流すミニリュウの体をただただ抱きしめることしか出来なかった。
トキワシティに生まれた子どもは時折特殊な力を持つと言われ、ワタルもそのうちの一人だったが、当時はポケモンの心が少し読み取れる程度で、癒しの力は覚醒していなかった。
あのときほど、己の無力を呪ったことは無い。
結局、ミニリュウを助けることは出来ず。
初めて得た他の温もりを、初めて失った瞬間だった。
「…さん、ワタルさん?」
いつの間にか意識がフェードアウトしていたらしい。
腕の中から呼びかける少女の声に、ハッとする。
無意識の内に、掴んでいた腕に力が入っていたのか。
握った少女の腕は、うっすらと内出血を起こしていた。
「すまない、力を入れすぎた。」
「大丈夫ですよ。痛く無いですから。」
そんなわけ無いだろうと言いかけ、止める。
心配かけまいと微笑む少女の気遣いを無下にするのは気が引けた。
けれども、白い肌の内側に滲む血は、どうしてもあのミニリュウを彷彿とさせて。
もう二度と、あの温もりを失いたくない、と。
少女を強く抱きしめた。
**********
よくわからない文章になってしまった。
ちなみにヒロインは洞窟内で鼻血を出したワタルさんを介抱している設定です。
本当よくわからない。
慌てた声が、暗い洞窟の天上を仰いだワタルを制止した。
ちらつく炎に照らし出された華奢な腕が、下を向くようにと、整髪剤で固めた後頭部を静かに引き寄せる。
ワタルは顔の横を通って後ろに伸びたその腕を掴み、グイと己に引き寄せた。
別に、少女の行為に腹を立てたわけではない。
なんとなく、「こうしたらどうなるのだろう」と思っての行動だった。
ふらついた少女の体はそのままスッポリとワタルの腕の中に納まる。
「えっと、どうされました。」
「気にするな。」
その一言は、物言いたげな顔を浮かべる少女を黙らせるに十分だったようで。
少女はキョトンとしつつも、大人しくワタルの腕の中に囲われる。
腕の中の小さな体は、冷えたワタルの体にじんわりとした温もりを与えてくれて、幼い頃に初めて抱きしめたミニリュウの体温を連想させた。
続けて思い出したのは、ミニリュウがポケモン用の罠によって怪我を負い、血を流しながら冷たくなっていく時のこと。
あの時、自分には力がなくて、命の源を垂れ流すミニリュウの体をただただ抱きしめることしか出来なかった。
トキワシティに生まれた子どもは時折特殊な力を持つと言われ、ワタルもそのうちの一人だったが、当時はポケモンの心が少し読み取れる程度で、癒しの力は覚醒していなかった。
あのときほど、己の無力を呪ったことは無い。
結局、ミニリュウを助けることは出来ず。
初めて得た他の温もりを、初めて失った瞬間だった。
「…さん、ワタルさん?」
いつの間にか意識がフェードアウトしていたらしい。
腕の中から呼びかける少女の声に、ハッとする。
無意識の内に、掴んでいた腕に力が入っていたのか。
握った少女の腕は、うっすらと内出血を起こしていた。
「すまない、力を入れすぎた。」
「大丈夫ですよ。痛く無いですから。」
そんなわけ無いだろうと言いかけ、止める。
心配かけまいと微笑む少女の気遣いを無下にするのは気が引けた。
けれども、白い肌の内側に滲む血は、どうしてもあのミニリュウを彷彿とさせて。
もう二度と、あの温もりを失いたくない、と。
少女を強く抱きしめた。
**********
よくわからない文章になってしまった。
ちなみにヒロインは洞窟内で鼻血を出したワタルさんを介抱している設定です。
本当よくわからない。
2009'11.20.Fri
鼻先に一滴の細かい雨が触れたと思った矢先のことだった。
周囲の音を全て掻き消してしまうほどの豪雨が、空から大地に降り注いでくる。
何故こういうときに限って、自分はただっぴろい大草原のど真ん中にいるのだろう。
一瞬にして頭の先からつま先までずぶぬれになってしまったゴールドは、全ての手持ちポケモンをボールの中に戻して、一人呆然と立ち尽くした。
目に雨が入らないよう、無造作にかけた頭のゴーグル(本人としてはきちんと付けているつもりである)を目元に下ろして、来た道を振り返る。
振り返らずとも、今しがた自分がスケボーを滑らせながらやってきた道だから、延々と草原だけが続いていることも分かっている。
それでも、この突然の豪雨を凌げる何かを探せずにはいられない。
かといって、これまで歩いてきた道のりにいきなり建物や洞穴が出来るはずは無く。
やはり雨宿りを出来そうな場所は皆無だった。
「オイオイ。くるみちゃんの天気予報では晴れって言ってたのによぉ。」
だから、わざわざ家から遠い草原に足を運んだっていうのに―――。
小さなつぶやきは、豪雨にかき消されて彼のボールの中の相棒たちには届かない。
本当なら今日は、晴れた空の下、ポケモンたちと一緒にピクニックをする予定だったのだ。
だから背中にかけたリュックにはお弁当や水筒やシートが入っているし、ポケモンたちの餌だって入っている。
家の近くの空き地や野原は散々行きまくったから、今日くらいはリニアに乗って遠方の草原に行くのもいいだろう―――。
そう思ってリニアに乗り、ここまで来たというのに、ついて少ししたらこの豪雨だ。
こういうのを、“ついていない”というのだろう。
「男前がいっそう男前になるのはいいが、風邪を引いたらファンが泣いちまうな。」
そんなファンが本当に居るか居ないかは別として、ゴールドは足元のすっかり濡れてしまったスケボーを蹴り上げ、頭の上に乗せて屋根代わりにする。
すでに濡れてしまっているからほとんど意味は無かったが、気休め程度にはなるだろう。
本当はさっさとスケボーで来た道を戻りたいところだが、ずぶ濡れのボードの上でうっかり足を滑らせて怪我をすることを思えば、普通に歩いたほうが安全だ。
そう思って、来た道を自分の足で戻り始める。
背中に背負った鞄の中身とポケモンたちのことを思うと後ろ髪を引かれるが、この豪雨はちょっとやそっとじゃ止みはしないだろう。
大人しく家に帰るのが吉、そう思ったときのことだった。
「ウインディ、“にほんばれ”!」
少し落ち着きのある少女の声が、後方から飛んでくる。
瞬間、ゴールドは背中に膨大な熱量を感じ、あわてて振り向き、そして見た。
少し離れた場所に、体躯の良いウインディの背に乗った少女がいる。
そのウインディを中心に、あれだけ降りしきっていた豪雨が一瞬にして蒸発、霧散していく。
「大変、もうそんなに時間が無いわ。」
少女があせったように腕時計を見て、言った。
それを聞き、彼女を背に乗せたウインディは前足で地面を擦り、猫のようにググっと体を伸ばす。
「ウインディ、“しんそく”でお願い。」
少女がウインディに指示を出すのと、ウインディの体がはじかれたパチンコ玉のように駆け出したのは、ほぼ同時だった。
ゴールドの横を、それこそ神速と呼ぶにふさわしいスピードで、少女を乗せたウインディが駆け抜けていく。
あっという間の出来事に、声を出すことも瞬きをする暇さえも無い。
数秒後にはっとして向き直るも、少女を乗せたウインディは、草原の遥か彼方にすら見えなかった。
一瞬のつむじ風のような勢いに頭の整理が追いつかず、立ち尽くす。
頭の中に残った連続写真のような一こま一こまを再生してみれば、よみがえるのは、堂々としたウインディと整った少女の顔。
―――なんて綺麗な人だったんだろう。
頭に浮かんだ無意識の想いにはっとなり、首を振る。
自分が好きなのはクルミちゃんなのだ。ほかの女性にときめいている場合ではない。
けれども…―――。
ふと、自分の心音が早まっていることに気がつく。
ウインディの“にほんばれ”によって周囲の気温が上がったせいだろうか。
あるいは、彼女を思い出すことが、胸の鼓動を早まらせているのか。
後者の考えに、目を閉じて頭を振る。
「まさか、このゴールド様が一目ぼれなんてするわけねーよな。」
誰も居ない草原に、思わず漏れる独り言。
いつの間にか止んだ雨のお陰で、今度は腰のポケモンたちにも、その声が届く。
数匹が茶化すようにボールの中から鳴いたが、ゴールドは聞こえないフリをした。
ゴーグルを頭にズリ上げて、遥か草原の彼方を見やる。
もう後姿さえ見ることは叶わないが、記憶の中に、彼女の姿と声は焼きついている。
また、会いたい。
そう思った。
その後ゴールドは晴れた空の下でポケモン達とピクニックに耽るわけだが、同時刻、クルミの特別番組のゲストがあの少女であることを、青空の下の彼は知る由も無い。
周囲の音を全て掻き消してしまうほどの豪雨が、空から大地に降り注いでくる。
何故こういうときに限って、自分はただっぴろい大草原のど真ん中にいるのだろう。
一瞬にして頭の先からつま先までずぶぬれになってしまったゴールドは、全ての手持ちポケモンをボールの中に戻して、一人呆然と立ち尽くした。
目に雨が入らないよう、無造作にかけた頭のゴーグル(本人としてはきちんと付けているつもりである)を目元に下ろして、来た道を振り返る。
振り返らずとも、今しがた自分がスケボーを滑らせながらやってきた道だから、延々と草原だけが続いていることも分かっている。
それでも、この突然の豪雨を凌げる何かを探せずにはいられない。
かといって、これまで歩いてきた道のりにいきなり建物や洞穴が出来るはずは無く。
やはり雨宿りを出来そうな場所は皆無だった。
「オイオイ。くるみちゃんの天気予報では晴れって言ってたのによぉ。」
だから、わざわざ家から遠い草原に足を運んだっていうのに―――。
小さなつぶやきは、豪雨にかき消されて彼のボールの中の相棒たちには届かない。
本当なら今日は、晴れた空の下、ポケモンたちと一緒にピクニックをする予定だったのだ。
だから背中にかけたリュックにはお弁当や水筒やシートが入っているし、ポケモンたちの餌だって入っている。
家の近くの空き地や野原は散々行きまくったから、今日くらいはリニアに乗って遠方の草原に行くのもいいだろう―――。
そう思ってリニアに乗り、ここまで来たというのに、ついて少ししたらこの豪雨だ。
こういうのを、“ついていない”というのだろう。
「男前がいっそう男前になるのはいいが、風邪を引いたらファンが泣いちまうな。」
そんなファンが本当に居るか居ないかは別として、ゴールドは足元のすっかり濡れてしまったスケボーを蹴り上げ、頭の上に乗せて屋根代わりにする。
すでに濡れてしまっているからほとんど意味は無かったが、気休め程度にはなるだろう。
本当はさっさとスケボーで来た道を戻りたいところだが、ずぶ濡れのボードの上でうっかり足を滑らせて怪我をすることを思えば、普通に歩いたほうが安全だ。
そう思って、来た道を自分の足で戻り始める。
背中に背負った鞄の中身とポケモンたちのことを思うと後ろ髪を引かれるが、この豪雨はちょっとやそっとじゃ止みはしないだろう。
大人しく家に帰るのが吉、そう思ったときのことだった。
「ウインディ、“にほんばれ”!」
少し落ち着きのある少女の声が、後方から飛んでくる。
瞬間、ゴールドは背中に膨大な熱量を感じ、あわてて振り向き、そして見た。
少し離れた場所に、体躯の良いウインディの背に乗った少女がいる。
そのウインディを中心に、あれだけ降りしきっていた豪雨が一瞬にして蒸発、霧散していく。
「大変、もうそんなに時間が無いわ。」
少女があせったように腕時計を見て、言った。
それを聞き、彼女を背に乗せたウインディは前足で地面を擦り、猫のようにググっと体を伸ばす。
「ウインディ、“しんそく”でお願い。」
少女がウインディに指示を出すのと、ウインディの体がはじかれたパチンコ玉のように駆け出したのは、ほぼ同時だった。
ゴールドの横を、それこそ神速と呼ぶにふさわしいスピードで、少女を乗せたウインディが駆け抜けていく。
あっという間の出来事に、声を出すことも瞬きをする暇さえも無い。
数秒後にはっとして向き直るも、少女を乗せたウインディは、草原の遥か彼方にすら見えなかった。
一瞬のつむじ風のような勢いに頭の整理が追いつかず、立ち尽くす。
頭の中に残った連続写真のような一こま一こまを再生してみれば、よみがえるのは、堂々としたウインディと整った少女の顔。
―――なんて綺麗な人だったんだろう。
頭に浮かんだ無意識の想いにはっとなり、首を振る。
自分が好きなのはクルミちゃんなのだ。ほかの女性にときめいている場合ではない。
けれども…―――。
ふと、自分の心音が早まっていることに気がつく。
ウインディの“にほんばれ”によって周囲の気温が上がったせいだろうか。
あるいは、彼女を思い出すことが、胸の鼓動を早まらせているのか。
後者の考えに、目を閉じて頭を振る。
「まさか、このゴールド様が一目ぼれなんてするわけねーよな。」
誰も居ない草原に、思わず漏れる独り言。
いつの間にか止んだ雨のお陰で、今度は腰のポケモンたちにも、その声が届く。
数匹が茶化すようにボールの中から鳴いたが、ゴールドは聞こえないフリをした。
ゴーグルを頭にズリ上げて、遥か草原の彼方を見やる。
もう後姿さえ見ることは叶わないが、記憶の中に、彼女の姿と声は焼きついている。
また、会いたい。
そう思った。
その後ゴールドは晴れた空の下でポケモン達とピクニックに耽るわけだが、同時刻、クルミの特別番組のゲストがあの少女であることを、青空の下の彼は知る由も無い。
2009'11.09.Mon
白の中に、茶色の影が見えたのはほんの一瞬だった。
てっきりリングマかと思われたそれだったが、嫌な予感に突き動かされて近寄って見れば、案の定ポケモンではなく人間で。
「ナギ!?」
その人間は、よりにもよって自分の好きな人で、更には倒れているものだから、これ以上困ったことは無いと思った。
―雪山事件簿―
パチ、と薪のはぜる音が洞窟内に木霊する。
外は猛吹雪。
幸い洞窟内は雪風を凌げるだけの奥行きがあるものの、火無くしては凍え死ぬほどの冷え込みだ。
そうであるにもかかわらず、半そで姿の赤帽子の少年は、己より重装備の少女の介抱に励んでいた。
「ニョロ、悪いけど雪を鍋に入れて持ってきてくれ。」
幼い頃からの相棒は、その手に底が深い鍋を握り締め、レッドの言い付け通り洞窟の外へ向かう。
その様子を見送ったレッドは、己の膝上で苦しそうに呼吸する少女の額をそっと撫でる。
額は驚くほど熱かった。
完全に風邪を引いている。
「ナギ、大丈夫か?」
どう見たって大丈夫じゃない。
それでも、そうとしか声をかけられない自分の気の利かなさに腹が立つ。
悔しい思いで唇をかみ締めるレッドの頬に、膝を枕にした少女の指先がそっと伸びた。
「レッド…?」
「ナギ?!」
さっきまでほとんど意識が無かった少女は、弱弱しいながらも、レッドの存在を確かめるように指先で頬をなぞりながら、うっすらと開いた瞳に涙をにじませる。
「生きてる…?」
それはか細い囁きだった。
けれどもレッドの耳には、外の猛吹雪や薪の爆ぜる音以上に、しっかりと聞こえた。
「ああ、生きてる。生きてるよ。」
頬に触れる冷たい手の上に、己の手を重ね、生きていることを伝える。
重ねられた手から伝わる体温に、少女は安堵し、笑みを浮かべた。
その笑顔があまりにも可愛くて、それでいてどこか扇情的で―――。
思わず、喉がコクリと鳴る。
胸の奥から湧きあがるのは、目の前の少女を己の物にしてしまいたいという、黒い感情。
上気した頬と潤んだ瞳、そして荒い吐息のコンボは、健全な少年の本能を刺激するには十分すぎる要因。
けれども今は、欲情している場合ではない。
一瞬の不埒な感情を無理やり押し込め、羽織っている半そでのジャケットをそっと彼女の体にかけてやる。
黒い半袖Tシャツ一枚のレッドと、ロングコートにマフラーと手袋、そしてその上からレッドのジャケットをかけてもらったナギ。
あまりに対極すぎる二人の格好にツッコミを入れる者は、残念ながら誰一人としてこの場に居ない。
そうこうしているうちに、洞窟の外からニョロが言い付け通り雪を鍋につめて戻ってくる。
レッドは鍋を受け取りニョロをボールに戻して、今度はリザードンを繰り出す。
「ちょっと“ひのこ”で炙ってくれないか。」
レッドの命令に、リザードンがカパリと口を開く。
次の瞬間、ひのこなんて可愛いレベルでは済まされない炎が噴出し、一瞬にして鍋の中の雪を溶かした。
半分近くの雪は蒸発したが、残り半分はお湯になり、鍋の中でたぷたぷとゆれている。
これだけあれば、目的には十分な量。
レッドは鞄から風邪薬を取り出して、
「ナギ、これ薬…。」
ナギが、再び意識を失っていることに気がついた。
先ほどより呼吸は落ち着いているが、熱はまだまだ健在。
今年の風邪は厄介だと、数日前にたまたま温泉で一緒になったナツメが言っていたから、早く対処しなければ、相当酷いことになるだろう。
肩をゆすってみるものの、一向に目覚める気配がない。
どうしたものかと思案してみるものの、思いつくことは一つだけ。
「…ごめん。」
小さな謝罪は少女を起こすに至らない。
レッドはナギを抱き寄せて起こすと、薬の封を歯で千切る。
中には丸玉の小さな薬が2個入っていた。
そのうち一粒をナギの口の中にそっと押し込み、鍋からグラスに移した湯を己の口に含む。
これは治療のため。仕方ないことなんだ。
だから、どうか神様、このことがばれて彼女に嫌われませんように―――。
心の中に渦巻くのは、懺悔と、歓喜。
レッドは己の唇をナギの唇にそっと押し当てて、ぬるくなった湯を口の隙間からそっと流し込んだ。
ナギの喉が、小さな薬と湯を嚥下するのを確認してから、名残惜しいと思いつつ、唇を離す。
たった数秒ほどの出来事。
けれども、その数秒のうちにナギの熱が移ってしまったのか、胸の内が熱い。
騒ぎ立てる心臓を叱咤し、けれども己の腕の中に愛しの彼女を抱きしめられる幸せを、そっとかみ締める。
「一晩の辛抱だ、きっと明日にはよくなってるよ。」
風邪が完治する確証はないが、ナツメが寄越したものなのだ。
そこらの薬屋よりはよっぽど効き目があるだろう。
そういえば、この薬はナツメから風邪の話を聞いた後に分けてもらった。
まさか、ナツメはこうなることが読めていたというのか。
(まさか、な。)
考えすぎだと言い聞かせながら、ナギを抱きしめて横になる。
普段ならこんなこと、恥ずかしくて出来ないけど。
今日は介抱だからと自分に言い訳しつつ、目を閉じた。
「あのね、一昨日突然ナツメさんがジムにやって来てね、『シロガネ山にはレッドの亡霊がでるって有名だ』なんて言うから、怖くなって探しにきちゃったの。でも、生きててよかった。」
そう微笑むナギの膝の上で、少年は盛大なくしゃみをする。
彼はおたふく風邪のように頬を赤く染め、肢体に少女のコートやマフラーをかけてもらい、横たわっていた。
完全に風邪を引いてる。
「ねぇレッド、これって風邪薬?」
ナギが見つけたのは、昨晩レッドが封を開けてナギに飲ませた風邪薬の、残り一粒。
ナツメが薬を二粒渡してくれた理由を、身をもって知ったレッドだった。
てっきりリングマかと思われたそれだったが、嫌な予感に突き動かされて近寄って見れば、案の定ポケモンではなく人間で。
「ナギ!?」
その人間は、よりにもよって自分の好きな人で、更には倒れているものだから、これ以上困ったことは無いと思った。
―雪山事件簿―
パチ、と薪のはぜる音が洞窟内に木霊する。
外は猛吹雪。
幸い洞窟内は雪風を凌げるだけの奥行きがあるものの、火無くしては凍え死ぬほどの冷え込みだ。
そうであるにもかかわらず、半そで姿の赤帽子の少年は、己より重装備の少女の介抱に励んでいた。
「ニョロ、悪いけど雪を鍋に入れて持ってきてくれ。」
幼い頃からの相棒は、その手に底が深い鍋を握り締め、レッドの言い付け通り洞窟の外へ向かう。
その様子を見送ったレッドは、己の膝上で苦しそうに呼吸する少女の額をそっと撫でる。
額は驚くほど熱かった。
完全に風邪を引いている。
「ナギ、大丈夫か?」
どう見たって大丈夫じゃない。
それでも、そうとしか声をかけられない自分の気の利かなさに腹が立つ。
悔しい思いで唇をかみ締めるレッドの頬に、膝を枕にした少女の指先がそっと伸びた。
「レッド…?」
「ナギ?!」
さっきまでほとんど意識が無かった少女は、弱弱しいながらも、レッドの存在を確かめるように指先で頬をなぞりながら、うっすらと開いた瞳に涙をにじませる。
「生きてる…?」
それはか細い囁きだった。
けれどもレッドの耳には、外の猛吹雪や薪の爆ぜる音以上に、しっかりと聞こえた。
「ああ、生きてる。生きてるよ。」
頬に触れる冷たい手の上に、己の手を重ね、生きていることを伝える。
重ねられた手から伝わる体温に、少女は安堵し、笑みを浮かべた。
その笑顔があまりにも可愛くて、それでいてどこか扇情的で―――。
思わず、喉がコクリと鳴る。
胸の奥から湧きあがるのは、目の前の少女を己の物にしてしまいたいという、黒い感情。
上気した頬と潤んだ瞳、そして荒い吐息のコンボは、健全な少年の本能を刺激するには十分すぎる要因。
けれども今は、欲情している場合ではない。
一瞬の不埒な感情を無理やり押し込め、羽織っている半そでのジャケットをそっと彼女の体にかけてやる。
黒い半袖Tシャツ一枚のレッドと、ロングコートにマフラーと手袋、そしてその上からレッドのジャケットをかけてもらったナギ。
あまりに対極すぎる二人の格好にツッコミを入れる者は、残念ながら誰一人としてこの場に居ない。
そうこうしているうちに、洞窟の外からニョロが言い付け通り雪を鍋につめて戻ってくる。
レッドは鍋を受け取りニョロをボールに戻して、今度はリザードンを繰り出す。
「ちょっと“ひのこ”で炙ってくれないか。」
レッドの命令に、リザードンがカパリと口を開く。
次の瞬間、ひのこなんて可愛いレベルでは済まされない炎が噴出し、一瞬にして鍋の中の雪を溶かした。
半分近くの雪は蒸発したが、残り半分はお湯になり、鍋の中でたぷたぷとゆれている。
これだけあれば、目的には十分な量。
レッドは鞄から風邪薬を取り出して、
「ナギ、これ薬…。」
ナギが、再び意識を失っていることに気がついた。
先ほどより呼吸は落ち着いているが、熱はまだまだ健在。
今年の風邪は厄介だと、数日前にたまたま温泉で一緒になったナツメが言っていたから、早く対処しなければ、相当酷いことになるだろう。
肩をゆすってみるものの、一向に目覚める気配がない。
どうしたものかと思案してみるものの、思いつくことは一つだけ。
「…ごめん。」
小さな謝罪は少女を起こすに至らない。
レッドはナギを抱き寄せて起こすと、薬の封を歯で千切る。
中には丸玉の小さな薬が2個入っていた。
そのうち一粒をナギの口の中にそっと押し込み、鍋からグラスに移した湯を己の口に含む。
これは治療のため。仕方ないことなんだ。
だから、どうか神様、このことがばれて彼女に嫌われませんように―――。
心の中に渦巻くのは、懺悔と、歓喜。
レッドは己の唇をナギの唇にそっと押し当てて、ぬるくなった湯を口の隙間からそっと流し込んだ。
ナギの喉が、小さな薬と湯を嚥下するのを確認してから、名残惜しいと思いつつ、唇を離す。
たった数秒ほどの出来事。
けれども、その数秒のうちにナギの熱が移ってしまったのか、胸の内が熱い。
騒ぎ立てる心臓を叱咤し、けれども己の腕の中に愛しの彼女を抱きしめられる幸せを、そっとかみ締める。
「一晩の辛抱だ、きっと明日にはよくなってるよ。」
風邪が完治する確証はないが、ナツメが寄越したものなのだ。
そこらの薬屋よりはよっぽど効き目があるだろう。
そういえば、この薬はナツメから風邪の話を聞いた後に分けてもらった。
まさか、ナツメはこうなることが読めていたというのか。
(まさか、な。)
考えすぎだと言い聞かせながら、ナギを抱きしめて横になる。
普段ならこんなこと、恥ずかしくて出来ないけど。
今日は介抱だからと自分に言い訳しつつ、目を閉じた。
「あのね、一昨日突然ナツメさんがジムにやって来てね、『シロガネ山にはレッドの亡霊がでるって有名だ』なんて言うから、怖くなって探しにきちゃったの。でも、生きててよかった。」
そう微笑むナギの膝の上で、少年は盛大なくしゃみをする。
彼はおたふく風邪のように頬を赤く染め、肢体に少女のコートやマフラーをかけてもらい、横たわっていた。
完全に風邪を引いてる。
「ねぇレッド、これって風邪薬?」
ナギが見つけたのは、昨晩レッドが封を開けてナギに飲ませた風邪薬の、残り一粒。
ナツメが薬を二粒渡してくれた理由を、身をもって知ったレッドだった。
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