2009'10.03.Sat
背を流れ伝う湯は、ちょうどいい温度だった。
けれども己の中心は、湯以上の熱を孕んでいるのではないかと思うほど、激しい高ぶりを見せている。
今は白いタオルで隠れて見えないが、腿にかかった危うい一枚布を取り払えば、堂々と首をもたげた<自身>が現れることだろう。
とてもじゃないが、そのことを背後の少女に知らせることは出来なかった。
知られたいとも思わない。
「熱くないですか?」
主語の抜けた問いかけに、雪見は己の身体の高ぶりを見抜かれたのかと思い、答えに詰まる。
けれどもすぐさま、少女の問いかけが、湯加減のことであると気づき、己の先走った深読みに嘆きたくなった。
「ちょうどいい。」
「それなからよかった。」
片手では不自由だろうから、お背中をお流ししますよ。
突然やってきて冷蔵庫の中を漁り、お茶を飲んで、お手洗いに入り、すっきりした顔で出てきた少女は、呆然としている雪見を前に、突然そのようなことを口走った。
雪見は最初、少女の言葉を理解するまでに2分を要したが、テキパキと湯浴みの準備を始めた少女を静止する理性も働かず、気づけばこのような展開になっていた。
今の同居人にすら背中を流させたことは無いというのに。
しばらく姿を見せなかった少女は、一体どこで情報を手に入れたのか、あるいは偶然なのか、こしゃまくれた生意気な居候が居ない時をうまいこと選んでやってきたものだ。
あの子悪魔が部屋に居たならば、決してこのような事態には陥っていない。
小悪魔がそれを全力で阻止するだろうから。
「ねー雪見さん。」
「なんだ。」
「さっきからなんで前のめりなんですか。」
「聞くな喋るな背中だけ流して気が済んだらさっさと風呂から出ろ。」
全く持って空気が読めないのか、あるいはわざとなのか。
少女の暢気な問いかけに、雪見は穴があったら入りたい気分に駆られる。
目に付いた排水溝の中には入る気がしなかったが。
「雪見さんって草食系男子ですよね。」
「知るか。」
「皆、『肉食系男子だろ』、って言うんですけど、そんなことないですよね。雪見さんみたいなへたれはやっぱり草食系男子ですよね。」
皆とは誰のことだ。
人が居ないところでとんでもない話をされているものだ。
そもそもへたれとはなんだ、へたれとは。
俺はへたれでもないし草食系男子なんて可愛いチェリーボーイでも無いぞ!
雪見は心の中で叫ぶ。
それにしても、この少女は一体何が目的なのか。
背中から降ってくる間延びした独り言ともつかない言葉に、だんだん苛立ちが募り始める。
誘っているのか、そうなのか、そうなんだな!
そういうことにした。
「椥。」
「なん――」
シャンプーのポンプから粘性の液体を2プッシュ分手のひらに出していた椥は、さっきまで雪見の白い後頭部が見えていたところに、彼の鋭い相貌を捉えて、一瞬息を詰まらせた。
その機会を逃す手は無い。
目にも留まらぬ速さで椥の両手首を残った片手でつかみ上げ、浴室の床に押し倒す。
裸の雪見とは対照的に、椥はパイル地のハーフパンツに綿のTシャツという、軽装ながらも服を身に着けていた。
だが、決して厚い生地ではないそれらは、排水溝に流れず残った水を吸って、椥の体のラインをうっすらと浮き彫りにさせてゆく。
華奢だ、乱暴すればすぐに壊れてしまうだろうに。
だが、今こうして眼下に組み敷いた椥の体を、容易く解放するつもりなど、今の雪見には無い。
「散々あおったからには、それ相応の覚悟の元にきたんだろうな。」
「えーっと。」
「いいわけは聞かねーぞ。」
右膝を椥の半開きの足の間に割り込ませ、グイ、と繊細な部分に押し付ける。
雪見の意図に気づいてあわてて太ももを閉じようとする椥だったが、到底雪見の力には敵わない。
「背中を流してもらったお駄賃は、ココへのご奉仕で返させてもらおうか。」
「何言ってるんですか、ちょっ…ぁ…!」
そう、これは大人をからかった罰だ。
今まで散々コケにされてきた鬱憤を、今ココで晴らしてやろう。
組み敷かれてうろたえる椥のハーフパンツをおろそうとして―――動かそうとした片手が無いことに気づき、口の中で舌打ちする。
仕方ないから、膝を何度も押し当てて、椥の吐息の変化を探る。
「ゆ、ゆきみ…さっ…」
「どうした、息があがってるぞ。膝で擦られるのが好きなのか。」
「なっ…!」
挑発的な言葉を投げかけると、椥は頬を朱色に染めつつも、目を眇めて雪見をにらみつけた。
けれども、ハーフパンツ越しに擦り続ける雪見の膝がある一点を掠めると、そのきつく眇められた瞳も、一瞬にしてトロンと蕩け、欲情をそそる顔つきに変化する。
その小さな唇から漏れる吐息は、明らかに艶を孕んでいた。
雪見は膝の動きを継続させたまま、今度はTシャツのふくらみに標的を絞る。
うっすらと透けた生地の下には、邪魔なことに、ブラジャーのラインが浮いて見えた。
もしブラジャーを着けていなかったら、二つの突起が自身を主張して、Tシャツを押し上げている様がよく分かっただろう。
「風呂にブラ付けてはいるのは、マナー違反だぜ。」
椥は言い返そうと口を開き、
「っぁあっ!」
出てきたのは、雪見の発言を非難する言葉ではなく、嬌声だった。
雪見がTシャツの上から椥の胸を甘噛みしたせいで発してしまったのだ。
胸からの刺すような刺激が引き金となって、腰の辺りに甘い疼きが忍び寄る。
椥は無意識のうちに腰を上げ、結果として雪見の膝に己の大事なところを擦り付けていた。
その刺激に再び腰が引けるが、雪見がタイミングを見計らって胸を噛むものだから、どうしても腰を浮かせてしまう。
引くに引けない状態とは、まさにこのことだろう。
最初は抵抗のために突っぱねていた椥の両手は、今やすっかり力が抜けきり、雪見が拘束を解いたところで、それすら気づきはしないだろう。
雪見は椥の両腕を戒めていた手を離し、ハーフパンツを脱がそうと手を下に伸ばして、
「雪見さん、何やってるの。」
小悪魔の声を、聞いた。
「ほらね、言ったでしょ。どれだけへたれな雪見さんだって、肉食系男子なんだよ。だからこれからは気をつけてね、椥さん。」
「草食系だって信じてたのに…。」
「そんなこんなで、賭けは俺の勝ちだね。想像通りに動いてくれてありがとう、雪見さん。」
夜の公園。
滑り台の上と下。
小さい影が、半月を見上げて暢気に語らう。
足元の砂場には、首から上だけ出すことを許された哀れな男性の白髪が、月光を反射していた。
けれども己の中心は、湯以上の熱を孕んでいるのではないかと思うほど、激しい高ぶりを見せている。
今は白いタオルで隠れて見えないが、腿にかかった危うい一枚布を取り払えば、堂々と首をもたげた<自身>が現れることだろう。
とてもじゃないが、そのことを背後の少女に知らせることは出来なかった。
知られたいとも思わない。
「熱くないですか?」
主語の抜けた問いかけに、雪見は己の身体の高ぶりを見抜かれたのかと思い、答えに詰まる。
けれどもすぐさま、少女の問いかけが、湯加減のことであると気づき、己の先走った深読みに嘆きたくなった。
「ちょうどいい。」
「それなからよかった。」
片手では不自由だろうから、お背中をお流ししますよ。
突然やってきて冷蔵庫の中を漁り、お茶を飲んで、お手洗いに入り、すっきりした顔で出てきた少女は、呆然としている雪見を前に、突然そのようなことを口走った。
雪見は最初、少女の言葉を理解するまでに2分を要したが、テキパキと湯浴みの準備を始めた少女を静止する理性も働かず、気づけばこのような展開になっていた。
今の同居人にすら背中を流させたことは無いというのに。
しばらく姿を見せなかった少女は、一体どこで情報を手に入れたのか、あるいは偶然なのか、こしゃまくれた生意気な居候が居ない時をうまいこと選んでやってきたものだ。
あの子悪魔が部屋に居たならば、決してこのような事態には陥っていない。
小悪魔がそれを全力で阻止するだろうから。
「ねー雪見さん。」
「なんだ。」
「さっきからなんで前のめりなんですか。」
「聞くな喋るな背中だけ流して気が済んだらさっさと風呂から出ろ。」
全く持って空気が読めないのか、あるいはわざとなのか。
少女の暢気な問いかけに、雪見は穴があったら入りたい気分に駆られる。
目に付いた排水溝の中には入る気がしなかったが。
「雪見さんって草食系男子ですよね。」
「知るか。」
「皆、『肉食系男子だろ』、って言うんですけど、そんなことないですよね。雪見さんみたいなへたれはやっぱり草食系男子ですよね。」
皆とは誰のことだ。
人が居ないところでとんでもない話をされているものだ。
そもそもへたれとはなんだ、へたれとは。
俺はへたれでもないし草食系男子なんて可愛いチェリーボーイでも無いぞ!
雪見は心の中で叫ぶ。
それにしても、この少女は一体何が目的なのか。
背中から降ってくる間延びした独り言ともつかない言葉に、だんだん苛立ちが募り始める。
誘っているのか、そうなのか、そうなんだな!
そういうことにした。
「椥。」
「なん――」
シャンプーのポンプから粘性の液体を2プッシュ分手のひらに出していた椥は、さっきまで雪見の白い後頭部が見えていたところに、彼の鋭い相貌を捉えて、一瞬息を詰まらせた。
その機会を逃す手は無い。
目にも留まらぬ速さで椥の両手首を残った片手でつかみ上げ、浴室の床に押し倒す。
裸の雪見とは対照的に、椥はパイル地のハーフパンツに綿のTシャツという、軽装ながらも服を身に着けていた。
だが、決して厚い生地ではないそれらは、排水溝に流れず残った水を吸って、椥の体のラインをうっすらと浮き彫りにさせてゆく。
華奢だ、乱暴すればすぐに壊れてしまうだろうに。
だが、今こうして眼下に組み敷いた椥の体を、容易く解放するつもりなど、今の雪見には無い。
「散々あおったからには、それ相応の覚悟の元にきたんだろうな。」
「えーっと。」
「いいわけは聞かねーぞ。」
右膝を椥の半開きの足の間に割り込ませ、グイ、と繊細な部分に押し付ける。
雪見の意図に気づいてあわてて太ももを閉じようとする椥だったが、到底雪見の力には敵わない。
「背中を流してもらったお駄賃は、ココへのご奉仕で返させてもらおうか。」
「何言ってるんですか、ちょっ…ぁ…!」
そう、これは大人をからかった罰だ。
今まで散々コケにされてきた鬱憤を、今ココで晴らしてやろう。
組み敷かれてうろたえる椥のハーフパンツをおろそうとして―――動かそうとした片手が無いことに気づき、口の中で舌打ちする。
仕方ないから、膝を何度も押し当てて、椥の吐息の変化を探る。
「ゆ、ゆきみ…さっ…」
「どうした、息があがってるぞ。膝で擦られるのが好きなのか。」
「なっ…!」
挑発的な言葉を投げかけると、椥は頬を朱色に染めつつも、目を眇めて雪見をにらみつけた。
けれども、ハーフパンツ越しに擦り続ける雪見の膝がある一点を掠めると、そのきつく眇められた瞳も、一瞬にしてトロンと蕩け、欲情をそそる顔つきに変化する。
その小さな唇から漏れる吐息は、明らかに艶を孕んでいた。
雪見は膝の動きを継続させたまま、今度はTシャツのふくらみに標的を絞る。
うっすらと透けた生地の下には、邪魔なことに、ブラジャーのラインが浮いて見えた。
もしブラジャーを着けていなかったら、二つの突起が自身を主張して、Tシャツを押し上げている様がよく分かっただろう。
「風呂にブラ付けてはいるのは、マナー違反だぜ。」
椥は言い返そうと口を開き、
「っぁあっ!」
出てきたのは、雪見の発言を非難する言葉ではなく、嬌声だった。
雪見がTシャツの上から椥の胸を甘噛みしたせいで発してしまったのだ。
胸からの刺すような刺激が引き金となって、腰の辺りに甘い疼きが忍び寄る。
椥は無意識のうちに腰を上げ、結果として雪見の膝に己の大事なところを擦り付けていた。
その刺激に再び腰が引けるが、雪見がタイミングを見計らって胸を噛むものだから、どうしても腰を浮かせてしまう。
引くに引けない状態とは、まさにこのことだろう。
最初は抵抗のために突っぱねていた椥の両手は、今やすっかり力が抜けきり、雪見が拘束を解いたところで、それすら気づきはしないだろう。
雪見は椥の両腕を戒めていた手を離し、ハーフパンツを脱がそうと手を下に伸ばして、
「雪見さん、何やってるの。」
小悪魔の声を、聞いた。
「ほらね、言ったでしょ。どれだけへたれな雪見さんだって、肉食系男子なんだよ。だからこれからは気をつけてね、椥さん。」
「草食系だって信じてたのに…。」
「そんなこんなで、賭けは俺の勝ちだね。想像通りに動いてくれてありがとう、雪見さん。」
夜の公園。
滑り台の上と下。
小さい影が、半月を見上げて暢気に語らう。
足元の砂場には、首から上だけ出すことを許された哀れな男性の白髪が、月光を反射していた。
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2008'04.13.Sun
「おい、椥。」
さっきから何度呼びかけても、椥はその肩を震わせて嗚咽を漏らすだけ。いい加減雪見も苛々してきて、背を向ける椥の肩を掴んで振り向かせる。
椥の頬には幾重もの涙の跡が残っていて、雪見は自分で振り向かせておきながら困惑した。赤くなった鼻がスンと啼いて、気まずさのあまり自分から目をそらす。
「…その、よ。」
うつむいて言葉を慎重に選ぶ雪見を、椥は鼻をスンスン言わせながら見守る。
考えろ俺、こういうときにかけるべき言葉は一体なんだ。
自分を叱咤しても、コレだという気の効いた言葉は思いつかない。
記者自慢のボギャブラリーをここぞというときに発揮できず、苛々しそうだった。
雪見が言葉選びに慎重になっている間に、椥は再び雪見に背を向けようとする。
「オイ!」
雪見は再び強引に椥を振り向かせ、今度は正面からしっかりと彼女を見据えた。
涙に濡れて少し腫れた瞳に自分が映りこんでいるのは不思議だ。いつもならこんな風に接近することなどないから。
「…あのな、」
椥の向こうでテレビが鳴っている。その音すらどこか遠くに聞こえるほど、自身の心臓の音が騒がしい。
「その、だな。」
大きな瞳がぱちぱちと瞬いて雪見を見据える。無垢に見えて全てを見透かしていそうな瞳に、雪見は言葉を詰まらせ…
「悪かった…。」
椥の肩をそっと押し戻し、今度は雪見が椥に背を向ける番だった。
背後で椥が何のことやら首をかしげているのが手に取るようにわかる。
(動物奇想天外を見て勝手に号泣してる椥になんで俺が謝らねーといけねーんだよ。)
とりあえず慰めたかっただけなのに。
雪見は心の中で己の駄目っぷりを嘆くのだった。
***********************
今日の動物奇想天外は本当やばかった。
マリの映画はまだ見てないのですが、是非見て見たいです。
にしても数年ぶりに見てこんなに泣かされるとは…やっぱり動物奇想天外はいい番組ですね。
さっきから何度呼びかけても、椥はその肩を震わせて嗚咽を漏らすだけ。いい加減雪見も苛々してきて、背を向ける椥の肩を掴んで振り向かせる。
椥の頬には幾重もの涙の跡が残っていて、雪見は自分で振り向かせておきながら困惑した。赤くなった鼻がスンと啼いて、気まずさのあまり自分から目をそらす。
「…その、よ。」
うつむいて言葉を慎重に選ぶ雪見を、椥は鼻をスンスン言わせながら見守る。
考えろ俺、こういうときにかけるべき言葉は一体なんだ。
自分を叱咤しても、コレだという気の効いた言葉は思いつかない。
記者自慢のボギャブラリーをここぞというときに発揮できず、苛々しそうだった。
雪見が言葉選びに慎重になっている間に、椥は再び雪見に背を向けようとする。
「オイ!」
雪見は再び強引に椥を振り向かせ、今度は正面からしっかりと彼女を見据えた。
涙に濡れて少し腫れた瞳に自分が映りこんでいるのは不思議だ。いつもならこんな風に接近することなどないから。
「…あのな、」
椥の向こうでテレビが鳴っている。その音すらどこか遠くに聞こえるほど、自身の心臓の音が騒がしい。
「その、だな。」
大きな瞳がぱちぱちと瞬いて雪見を見据える。無垢に見えて全てを見透かしていそうな瞳に、雪見は言葉を詰まらせ…
「悪かった…。」
椥の肩をそっと押し戻し、今度は雪見が椥に背を向ける番だった。
背後で椥が何のことやら首をかしげているのが手に取るようにわかる。
(動物奇想天外を見て勝手に号泣してる椥になんで俺が謝らねーといけねーんだよ。)
とりあえず慰めたかっただけなのに。
雪見は心の中で己の駄目っぷりを嘆くのだった。
***********************
今日の動物奇想天外は本当やばかった。
マリの映画はまだ見てないのですが、是非見て見たいです。
にしても数年ぶりに見てこんなに泣かされるとは…やっぱり動物奇想天外はいい番組ですね。
2008'04.08.Tue
真っ黒い髪と服は死神みたいだ、と誰かが言っていた気がする。
硬いフローリングの上で、闇に溶け込むようにして眠る宵風にブランケットをかけてやりながら、雪見はそんな言葉を思い出した。
「死神、ねぇ。」
死神は命を刈り取る神だ。けれども宵風は己の命を狩りとって、相手の命を狩ることもできれば、俄雨を助けたときのように生かす道に繋げることもできる。
それが果たして死神と言えようか。
「そもそも死神っていうのは、己の命を削ったりしないですもんね?」
唐突に背中からかかる声に雪見は一瞬驚いて、けれどもすぐさま馴染みのある顔を連想して振り向きもしなかった。
宵風よりも気まぐれな来訪者は、宵風が眠る向かいのソファにゆったりと腰を降ろし、宵風と雪見を交互に見て、笑う。
一体何が面白いのか雪見には理解できなくて、少し居心地が悪い。
「こんな時間に来ていいのかよ。」
「生憎私には、夜出歩いたら叱ってくれるような親がいなくって。」
そんな寂しいことを言われたら追い返そうにも追い返せなくなるではないか。
早く家に帰れと続けようとしていた雪見は、予想外の切り返しに押し黙るしかなかった。
家に入ってきたときもまったく気配が無かったし、飯綱心眼で心を読んだかのような発言をしたり…。彼女の行動は下忍より遥かに優れた忍のものだ。これで一般人を主張しているのだから、にわかに信じがたい。
何処かの勢力のスパイかと疑ったこともあったが、どの勢力に対してもこの飄々とした態度を崩さず渡り歩いている所を見る限り、一般人というのはまだ信じられないが、何処かの勢力についているわけではなさそうだ。
だからスペアキーを渡す気になれたんだ、とある日雷光に言ったら、「建前はそうですが本音は別のところにあるでしょう。」と意味深な笑みと発言を返された。
その食えない反応に腹が立って一発デコピンをかまそうとしたら逆に鞘で小突かれたのは嫌な記憶だ。
「生憎ここはこの死神と小悪魔小僧で手一杯なんだ。これ以上居候は増やせねえぞ。」
「雪見さん冷たいです。」
「お前な…少しは警戒って言葉を知ったほうがいいと思うぜ。」
深夜、一つ屋根の下に血の繋がらない若い男女が居る。
年齢が離れているといっても、過ちが起きないとは言い切れない状況だ。
「雪見さんが私を襲うんですか?」
「襲ってやろうか。」
「ロリコンですか?」
「お前ロリコンって年じゃねぇだろが。」
すらりと伸びた手足。掴めば壊れてしまいそうな細い肩と腰。背中に伸びた綺麗な髪。あどけない子どものように笑うこともあれば、驚くほど大人の表情を見せることもある。
子どもと大人の間を揺れ動く年頃は、もはやロリコンには当てはまらない。少し年の差はあるが、十分恋愛対象として捉えられる。
けれども目の前の少女は、そんなことは絶対起こらないと確信している。
だから煽るような発言が出来るのだ。
今ココでそれを覆すようなことをしたら、一体どんな反応をするのだろうか。少し興味がわいて、所詮悪ふざけだと自分に言い聞かせ、ソファの上に座る少女に、覆いかぶさる。
「何ですか?」
「さぁ、なんだろうな。」
唇と唇の距離はあと20センチほど。だんだんそれを近づけて、あと10センチ、5センチ―――。
けれども少女はピクリともしない。
その大きな瞳をぽかんと見開いて呆けている。
このまま唇が触れても、それは変わらないのだろうか。
「―――雪見さん。」
5センチから更に近づき始めようとした瞬間、椥は口を開いた。
「レモネード。」
「あ?」
「レモネード飲みたい。」
あと少し黙っていればお互いの距離はゼロになってキスしていたのに。ここで予想外のレモネード飲みたい発言に、思わず舌打ちがもれる。
けれども悪ふざけ前提だったことを思い出して、深みにはまろうとしていた自分に頭をかきむしりたくなった。
冷蔵庫からレモンを取り出して輪切りにし、このまま口の中に押し込んでやろうかと考える。でもそれはさすがに酷いかと思い、注文されるままにレモネードを作ってソファまで運べば、椥はレモネードを待たずして眠りについている。
「飲む前に寝るなよ。」
せっかく作ったのに。
文句を垂れても返事はない。
労力の無駄遣いをさせるなと愚痴をこぼして、ふと思いつく。
宿代も、このレモネードを造った労力代も、もらっていない。
もちろんそんなもの普段は取ろうとも思わないが、このときは何故かそんなことを思いついた。
「こんな時間に来たお前が悪い。」
違う。本当は大人になれない自分が悪い。椥に非は無い。
けれどもそんなことは考えないようにして、眠る少女の唇に噛み付くようなキスを一つ。
それが宿代とレモネード代より高いか安いかは、雪見のみぞ知る。
硬いフローリングの上で、闇に溶け込むようにして眠る宵風にブランケットをかけてやりながら、雪見はそんな言葉を思い出した。
「死神、ねぇ。」
死神は命を刈り取る神だ。けれども宵風は己の命を狩りとって、相手の命を狩ることもできれば、俄雨を助けたときのように生かす道に繋げることもできる。
それが果たして死神と言えようか。
「そもそも死神っていうのは、己の命を削ったりしないですもんね?」
唐突に背中からかかる声に雪見は一瞬驚いて、けれどもすぐさま馴染みのある顔を連想して振り向きもしなかった。
宵風よりも気まぐれな来訪者は、宵風が眠る向かいのソファにゆったりと腰を降ろし、宵風と雪見を交互に見て、笑う。
一体何が面白いのか雪見には理解できなくて、少し居心地が悪い。
「こんな時間に来ていいのかよ。」
「生憎私には、夜出歩いたら叱ってくれるような親がいなくって。」
そんな寂しいことを言われたら追い返そうにも追い返せなくなるではないか。
早く家に帰れと続けようとしていた雪見は、予想外の切り返しに押し黙るしかなかった。
家に入ってきたときもまったく気配が無かったし、飯綱心眼で心を読んだかのような発言をしたり…。彼女の行動は下忍より遥かに優れた忍のものだ。これで一般人を主張しているのだから、にわかに信じがたい。
何処かの勢力のスパイかと疑ったこともあったが、どの勢力に対してもこの飄々とした態度を崩さず渡り歩いている所を見る限り、一般人というのはまだ信じられないが、何処かの勢力についているわけではなさそうだ。
だからスペアキーを渡す気になれたんだ、とある日雷光に言ったら、「建前はそうですが本音は別のところにあるでしょう。」と意味深な笑みと発言を返された。
その食えない反応に腹が立って一発デコピンをかまそうとしたら逆に鞘で小突かれたのは嫌な記憶だ。
「生憎ここはこの死神と小悪魔小僧で手一杯なんだ。これ以上居候は増やせねえぞ。」
「雪見さん冷たいです。」
「お前な…少しは警戒って言葉を知ったほうがいいと思うぜ。」
深夜、一つ屋根の下に血の繋がらない若い男女が居る。
年齢が離れているといっても、過ちが起きないとは言い切れない状況だ。
「雪見さんが私を襲うんですか?」
「襲ってやろうか。」
「ロリコンですか?」
「お前ロリコンって年じゃねぇだろが。」
すらりと伸びた手足。掴めば壊れてしまいそうな細い肩と腰。背中に伸びた綺麗な髪。あどけない子どものように笑うこともあれば、驚くほど大人の表情を見せることもある。
子どもと大人の間を揺れ動く年頃は、もはやロリコンには当てはまらない。少し年の差はあるが、十分恋愛対象として捉えられる。
けれども目の前の少女は、そんなことは絶対起こらないと確信している。
だから煽るような発言が出来るのだ。
今ココでそれを覆すようなことをしたら、一体どんな反応をするのだろうか。少し興味がわいて、所詮悪ふざけだと自分に言い聞かせ、ソファの上に座る少女に、覆いかぶさる。
「何ですか?」
「さぁ、なんだろうな。」
唇と唇の距離はあと20センチほど。だんだんそれを近づけて、あと10センチ、5センチ―――。
けれども少女はピクリともしない。
その大きな瞳をぽかんと見開いて呆けている。
このまま唇が触れても、それは変わらないのだろうか。
「―――雪見さん。」
5センチから更に近づき始めようとした瞬間、椥は口を開いた。
「レモネード。」
「あ?」
「レモネード飲みたい。」
あと少し黙っていればお互いの距離はゼロになってキスしていたのに。ここで予想外のレモネード飲みたい発言に、思わず舌打ちがもれる。
けれども悪ふざけ前提だったことを思い出して、深みにはまろうとしていた自分に頭をかきむしりたくなった。
冷蔵庫からレモンを取り出して輪切りにし、このまま口の中に押し込んでやろうかと考える。でもそれはさすがに酷いかと思い、注文されるままにレモネードを作ってソファまで運べば、椥はレモネードを待たずして眠りについている。
「飲む前に寝るなよ。」
せっかく作ったのに。
文句を垂れても返事はない。
労力の無駄遣いをさせるなと愚痴をこぼして、ふと思いつく。
宿代も、このレモネードを造った労力代も、もらっていない。
もちろんそんなもの普段は取ろうとも思わないが、このときは何故かそんなことを思いついた。
「こんな時間に来たお前が悪い。」
違う。本当は大人になれない自分が悪い。椥に非は無い。
けれどもそんなことは考えないようにして、眠る少女の唇に噛み付くようなキスを一つ。
それが宿代とレモネード代より高いか安いかは、雪見のみぞ知る。
2008'03.26.Wed
静かな校庭に、厚い雲から大粒の雫が落ちてくる。
手元には、一本の傘。
「じゃあね虹一!メガネ濡らさないようにかえってね!」
「うん、雷鳴さんもこけないようにね。」
たまにはメガネ以外のコメントもほしいものだ。
メガネキャラの不当な扱いにもいい加減慣れてきた虹一は、鮮やかなオレンジの傘を差した雷鳴が、人目を引く金色の髪を舞わせつつ、地面に出来た水溜りの水を豪快にはねながら校門を通り過ぎていく様子を見守った。
猪突猛進という言葉が似合う彼女の背中は、あっという間に視界から消え去る。
雨振る校庭には、これで誰もいなくなった。
というのも、下校時刻を既に1時間は越えているからだ。
この時間帯にもなると、普通の生徒は誰一人として学校に残っていない。
まれに野球部などの体育会系クラブが遅くまで練習のために残っていることもあるが、生憎本日は雨。降りしきる雨の下に、威勢のいい掛け声をあげるスポーツマンの姿を捉えることは出来ない。
既に壬晴は帰宅済み。帷が護衛として家まで付いていっているはずだから、危ない目にはあっていないだろう。
虹一と雷鳴が残っていたのは、雷鳴の新技会議を執り行っていたからだ。会議といっても、雷鳴が一方的に虹一に剣術の型をあーだこーだと述べていただけなのだが。
そんな彼女も7時半からのアニメを見逃せないとかで、今さっき帰ったところ。なんだかんだでまだまだ子どもだ。
虹一は、忍としての非情さは萬天忍者の中では一番だと自負しているものの、任務以外のこととなると、ついつい勢いに飲まれてしまうことを分かっていた。
雷鳴のような人間と一緒に生活する中で、いつの間にか人間くさい甘さを身につけてしまったのかもしれない。
「僕もまだまだかな。」
「何がまだまだなの?」
突然背中越しに声をかけられ、虹一はぎょっと振り返る。
歩み寄られる気配は一切なかった。忍か。
けれども声はよく知った人物のものだった。
雨と夕暮れ色に染まった薄暗い校舎の軒下に、椥がにっこり笑って立っている。
「椥さん…。」
「ごめん、おどろかせちゃった?」
いつだってそう…彼女は一般人のはずなのに、気配を消すことに関してはそこらの下手な忍より上だ。
こうやって気づくことなく背後に迫られたのは、もう何回目になるだろうか。
「こんな時間まで残ってどうしたんです?もう下校時刻は過ぎてますよ。」
「それがね、帷先生に頼まれたテストの採点してて、気づいたら寝ちゃってたの。さっき起きたところ。」
雷鳴と同じで萬天中学の生徒ではないのに、いつの間にやらすっかり校舎に馴染んでいる椥。彼女はよく帷の助手役のようなことをしている。今日も採点という役目を課されたわけだ。
「にしても、まさか雨が降ってるとは思わなかったなぁ。」
曇天から降り注ぐ大粒の雨粒は、椥が採点を始めた頃にはまだ見られなかった。
虹一はさりげなく、困ったように天を仰ぎ見る椥を上から下まで一瞥する。
傘らしきものは、見当たらない。
「…傘、持ってないんですか?」
「うん。」
一般人のはずなのにやたら隠の世に詳しい椥も、本日の天気までは予測できなかったらしい。
包丁やカッターや裁縫道具なんかはどこからともなくほいほい取り出すというのに、傘一本が無くて困っている姿は、不謹慎にも可愛らしいと思ってしまう。
「入っていきます?」
「いいの?」
「このまま椥さんを見捨てて帰るほうが、僕にしてみれば辛いですから。」
「虹一君は優しいね、じゃあお願いします。」
思わずガッツポーズを取りたくなって、けれども恥ずかしいから心の中だけにとどめておく。
傘を開いて手招きすれば、椥はおずおずと傘の下に入ってきた。
触れ合う肩がお互いの距離が近いことを教えてくれて、少しだけ嬉しくなる。
これもひとえに雷鳴のおかげか。彼女の理不尽な誘いに乗らなければ、今頃は家で晩御飯を食べている。こうして椥と出会うことは無かっただろう。
明日一言お礼を言おう。そんなことを考えながら、虹一は椥の家に向かって歩き始める。
憂鬱な雨も、隣に愛しい人が居れば幸せのシャワーだ。
手元には、一本の傘。
「じゃあね虹一!メガネ濡らさないようにかえってね!」
「うん、雷鳴さんもこけないようにね。」
たまにはメガネ以外のコメントもほしいものだ。
メガネキャラの不当な扱いにもいい加減慣れてきた虹一は、鮮やかなオレンジの傘を差した雷鳴が、人目を引く金色の髪を舞わせつつ、地面に出来た水溜りの水を豪快にはねながら校門を通り過ぎていく様子を見守った。
猪突猛進という言葉が似合う彼女の背中は、あっという間に視界から消え去る。
雨振る校庭には、これで誰もいなくなった。
というのも、下校時刻を既に1時間は越えているからだ。
この時間帯にもなると、普通の生徒は誰一人として学校に残っていない。
まれに野球部などの体育会系クラブが遅くまで練習のために残っていることもあるが、生憎本日は雨。降りしきる雨の下に、威勢のいい掛け声をあげるスポーツマンの姿を捉えることは出来ない。
既に壬晴は帰宅済み。帷が護衛として家まで付いていっているはずだから、危ない目にはあっていないだろう。
虹一と雷鳴が残っていたのは、雷鳴の新技会議を執り行っていたからだ。会議といっても、雷鳴が一方的に虹一に剣術の型をあーだこーだと述べていただけなのだが。
そんな彼女も7時半からのアニメを見逃せないとかで、今さっき帰ったところ。なんだかんだでまだまだ子どもだ。
虹一は、忍としての非情さは萬天忍者の中では一番だと自負しているものの、任務以外のこととなると、ついつい勢いに飲まれてしまうことを分かっていた。
雷鳴のような人間と一緒に生活する中で、いつの間にか人間くさい甘さを身につけてしまったのかもしれない。
「僕もまだまだかな。」
「何がまだまだなの?」
突然背中越しに声をかけられ、虹一はぎょっと振り返る。
歩み寄られる気配は一切なかった。忍か。
けれども声はよく知った人物のものだった。
雨と夕暮れ色に染まった薄暗い校舎の軒下に、椥がにっこり笑って立っている。
「椥さん…。」
「ごめん、おどろかせちゃった?」
いつだってそう…彼女は一般人のはずなのに、気配を消すことに関してはそこらの下手な忍より上だ。
こうやって気づくことなく背後に迫られたのは、もう何回目になるだろうか。
「こんな時間まで残ってどうしたんです?もう下校時刻は過ぎてますよ。」
「それがね、帷先生に頼まれたテストの採点してて、気づいたら寝ちゃってたの。さっき起きたところ。」
雷鳴と同じで萬天中学の生徒ではないのに、いつの間にやらすっかり校舎に馴染んでいる椥。彼女はよく帷の助手役のようなことをしている。今日も採点という役目を課されたわけだ。
「にしても、まさか雨が降ってるとは思わなかったなぁ。」
曇天から降り注ぐ大粒の雨粒は、椥が採点を始めた頃にはまだ見られなかった。
虹一はさりげなく、困ったように天を仰ぎ見る椥を上から下まで一瞥する。
傘らしきものは、見当たらない。
「…傘、持ってないんですか?」
「うん。」
一般人のはずなのにやたら隠の世に詳しい椥も、本日の天気までは予測できなかったらしい。
包丁やカッターや裁縫道具なんかはどこからともなくほいほい取り出すというのに、傘一本が無くて困っている姿は、不謹慎にも可愛らしいと思ってしまう。
「入っていきます?」
「いいの?」
「このまま椥さんを見捨てて帰るほうが、僕にしてみれば辛いですから。」
「虹一君は優しいね、じゃあお願いします。」
思わずガッツポーズを取りたくなって、けれども恥ずかしいから心の中だけにとどめておく。
傘を開いて手招きすれば、椥はおずおずと傘の下に入ってきた。
触れ合う肩がお互いの距離が近いことを教えてくれて、少しだけ嬉しくなる。
これもひとえに雷鳴のおかげか。彼女の理不尽な誘いに乗らなければ、今頃は家で晩御飯を食べている。こうして椥と出会うことは無かっただろう。
明日一言お礼を言おう。そんなことを考えながら、虹一は椥の家に向かって歩き始める。
憂鬱な雨も、隣に愛しい人が居れば幸せのシャワーだ。
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