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欠片むすび

ポケスペのSSや日記などを書いていこうと思います。

2024'05.19.Sun
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2009'12.09.Wed
布団の上に投げ出したDSのスピーカーが、敗戦の音を空しく部屋の中に響かせた。
方やパソコン前の回転椅子に座った少年のDSからは、勝利のファンファーレが鳴り響く。



「んー、勝てないなぁ。」



データ上で一戦を交え終わったナギは、ボヤキながらベッド上にうつぶせていた身をクルリと反転させて天上を見た。
自分のものではない布団から、既に嗅ぎなれてしまった香りがして、ほっとする。
ゴーストにそっくりな天上の染みも、自分の部屋のものでは無いというのに、随分見慣れてしまった。
昔はあれが本当のお化けに見えて、よく怯えていたというのに。



「レベル差の問題だよ。オレのピカチュウのレベル88だし。」



椅子の背もたれに限界までもたれて座っていた少年が、背筋正しく座りなおしてベッドの上のナギを見る。
少年のDSは既に閉じてあった。
それは、再戦する意図がないという意思表示。
今晩こそ倒してやると意気込んできたものだから、ナギは落胆した。
オンラインゲーム『ポケットモンスター』の世界で<原点にして頂点>と呼ばれる幼馴染みの彼は、1日に1回しか戦いを挑ませてくれない。



「まだレベル80が一匹も居ない上に、レベル10の秘伝技専用ミュウをPTに入れて挑んでくる辺り、チャレンジャーだよな。」
「だって、そっちがロッククライム使わないと行けない場所に留まってるのがいけないんでしょう!育ててる子でロッククライム覚えられる子居なかったんだもん。ミュウなら全ての技マシン覚えられるから…空も飛べるし滝も上れるし、岩も滑れる!1匹でとってもお得でしょ。」
「伝説のポケモンをそんな風に使うなんて、昔だったら非難の嵐だよ。」
「今はマックに行けばDS1台につき1匹貰えちゃうからいいの!」
「自宅に居ても受け取れるけどね。」
「嘘?!」
「本当。まさかわざわざマックに行ったの?」
「うん。」



大きく頷くと、少年は椅子をクルリと回転させてナギに背を向けた。
パソコンの画面を見ているようにも見えるが、その肩は小さく揺れている。
声を殺して笑っているのは明白だった。
その仕草にカチンときて、ナギは静かにベッドから立ち上がる。
抜き足差し足忍び足、少年の背後にそっと立ち―――



「ナギ、画面に映ってるから丸分かりだよ。」
「えっ。」



椅子をひっくり返してやろうと考えていたナギは、振り向かずに言い切る少年の言葉にギクッと身をすくませる。
言われてみれば確かに、ピカチュウだらけの壁紙を背景にしたPC画面の表面に、うっすらとだが少年とその背後に立つナギの姿が映りこんでいた。
悪戯をする前にばれてしまった子どものような気持ちになり、思わず体が硬直する。
その間、少年は静かに椅子を回転させて、すぐ背後に迫っていたナギを見上げる。
黒髪の隙間から覗く瞳がにっこりと微笑んでいるが、実のところ笑っていないことをナギは嫌というほど知っていた。
コレはまずい。ヤバイ。危険だ。
今すぐ逃げなければロクなことにならない。
頭の中に警鐘が鳴り響く。
けれども足が、体が、まるで縫いとめられたように動かない。
まさか、この幼馴染みは現実に「くろいまなざし」が使えるというのか。
「だるまさんがころんだ」の状態で硬直してしまったナギの腰に、少年の両腕がそっと回る。
そのままクイと引き寄せられ、少年の両膝に跨る格好になった。
スカートが捲れあがった太ももに、少年の履きふるした柔らかなジーンズの布が擦れ、こそばゆい。
近い距離と、息が詰まるような圧迫感。
途端に体温が上昇するのを感じる。



「ねぇ、ナギ。今日母さん仕事先の慰安旅行で居ないんだ。」
「そ、そう。寂しいね。」
「ナギが居てくれたら寂しくないよ。…この家、オレたち二人だけだね。」
「あああああそこにゴーストっぽい影が。」
「ただの染みだよ。」



話を逸らそうと天井の染みを指差してみるものの、一蹴される。
今はくろいまなざし発動中の瞳と視線を合わせるのが恐くて明後日のほうを見れば、



「こっち見て。」



伸びてきた手に顎をつかまれ、グイと顔の向きを直された。
思いのほか目前に赤い瞳があって、息を飲む。
幼馴染みはこの赤い瞳を気にして家から出ない。いわゆる引きこもりだ。
けれどもナギはこの瞳が好きだった。
幼い頃から少年を被虐の的として成り立たせてきたこの瞳が、静かに燃える炎のようで好きだった。
彼自身それを知っているからこそ、真正面からナギを見る。接近することを許す。



「顔が赤くなってるよ。熱?」



顎をつかんでいた手が額の上にかぶさる。
それだけでは体温の判断がつかなかったのか、逆の手で己の前髪を掻き揚げ額を出すと、ナギの火照った額に押し付けた。
これでもかというくらいに顔同士が近づき、ナギはいよいよ混乱しはじめる。
こんなにも二人の距離が近づくのは、昔から全く無かったわけではない。
幼稚園以前から幼馴染をやっているのだ、それこそ一緒にお風呂に入ったり、同じ布団で寝たことも数多い。
けれども、大人と呼べるに近い年齢になってからはどうだったか。
時々夜に二人でゲーム大会を開いては、真っ先にナギが寝て、気づいたら少年のベッドの中で背中合わせに寝ていることは何度かあった。
だが向き合ってこんなにまで接近することなど、ここ数年無かったような気がする。



「え…っと…、その…。」



声が上ずる。言葉が思い当たらない。
少し位置をずらせばお互いの唇が触れ合うような、繊細な距離。
無意識に吐息が震える。



「頬は熱いけど、額の温度は正常だよ。熱とは違うみたいだ。暖房に当たりすぎたのか?」



目と目の距離が、すっと遠のく。
腰の拘束が解かれ、やんわりと肩を押され、少年の膝の上から退く。
少年は椅子から立ち上がり、壁にかけたエアコンのリモコンを操作して、「そんなに温度は高くないんだけど…」と呟いた。
まるで何事もなかったかのように振舞う姿が憎らしく、かといって事実何事もなかったわけで、一人だけどぎまぎしていたことに、ナギは猛烈な羞恥を覚える。



「ちょ、ちょっと風当たってくるね!」



密室の中に二人だけでいるのは、この上なく恥ずかしいから。
温度を下げ終えた少年の傍らをすり抜けて、ドアを蹴破るように廊下へ飛び出した。
勝手知ったる他人の家とはこのことだ。
ろくに前も見ず、ただひたすらに廊下を走って階段を駆け下り、豆電球が照らし出す薄暗いリビングを通り過ぎて再びドアを蹴破るように外へ出る。
一瞬にして冷たい夜風が身を包み、吐き出した息が白く闇に広がった。
空には、満天の星。
夜色のカーテンに無数に散りばめられた白い星たちの中に、異彩を放つがごとく赤く煌く星が見え、まるで幼馴染みの瞳のようだと思った。
思い出すのは、ぐっと近くに見えた、赤の双眸。触れ合う額の温もり。
こんなにも冷たい夜風に包まれているというのに、ナギの頬は、まだ熱い。



玄関を飛び出したナギが空を見上げて一向に冷めない火照りを戻そうとしている頃。
ナギが飛び出していく原因を作った少年は、思いきりベッドの上にダイブした。
かれこれ十数年使ってきたベッドは、大きく軋んで、けれどもそう重くない少年の体を受け止める。
少年は、耳の奥がズキリと痛むのを感じた。
早まった血流が、細い血管を無理矢理押し広げているからだ。
胸の鼓動は、まるで100メートル走をした直後のように早い。



ナギを己の膝に乗せたとき、本当は体が密着するほど抱き寄せて、頭の後ろに手を回して、その唇に己の唇を這わせたかった。
けれども、あんなに可愛い顔で不安そうに見つめられたら、そんな乱暴な事、出来るはずもなく。



「本当、いつまでたってもナギには勝てないや…。」



淡い恋心を抱き続けて早十数年。
お互い誰よりも親しく近しい確証はあるというのに、どうしても決め手の一歩が踏み出せない。
気持ちを暴露することで、今の幼馴染という特権ある関係性を壊すのが恐かった。
だけど、理性に歯止めをかけるのもそろそろ限界が近いようだ。



「ナギ、好きだよ。」



家の外の彼女に、この声が届くことは無いけれども。
押さえ切れない想いを、ついさっきまで彼女が居たベッドのシーツに呟く。
くしゃ、と握り締めて皺になったシーツからは、愛しい少女の香りがした。

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