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欠片むすび

ポケスペのSSや日記などを書いていこうと思います。

2025'03.10.Mon
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2007'08.27.Mon
 白い練乳アイスが溶けて指に滴る。
 慌てて舐め取ると、やけに痛いほどの視線を感じた。


「…なん、ですか…?」


 痛いほどの視線を送ってくるのは真弘先輩。
 私の一つ上でありながら背は少し小さい。ちなみに背のことを言ったら怒られるから、口にしないのが決まりごと。
 小さい癖して人一倍態度だけはでっかくて、周りから「身長のための栄養が全て態度に回ってるんじゃないの?」なんていわれるくらいだ。
 でも、でかい態度に比例して、いろんな面で頼りになる。
 口先だけじゃなく、ちゃんと実力が伴っているから、そこは素直に尊敬している。
 守護者の一人である先輩は、嬉し恥ずかしながら、私の恋人だ。
 守護者兼先輩にして恋人である真弘先輩は、さっきから穴が開くほど私のことをガン見していた。
 私というか、指に滴る乳白色の溶けたアイスを。
 先輩は先にアイスを食べ終えて、木製の平べったい棒が一本ゴミ箱の中に入っている。
 食べ物に関しては私よりも執着心の強い先輩のことだから、欲しいのだろうか。



「食べます?」



 真弘先輩は一瞬ピクリとこめかみを引きつらせたけど、何を思ったのかスーッと寄ってきて差し出した私の腕を強く掴んだ。
 そして、強引に口元にアイスを運ぶ。



 と思ったら、



「っ…!!!」



 ねっとりとした暖かい何かが指にまとわり付いて、思わずびっくりする。
 慌てて手を引っ込めようとしても、真弘先輩が手を掴んでいるせいで動かせない。
 見れば、先輩の猫のようにザラリとした小さな舌が私の指をゆっくりと舐めていた。
 目も覚めるように赤いそれは生暖かくて、私の冷えた指先をチリリと焦がす。
 指先から甘い痺れが全身に伝わって、鼓動が早くなるのが分かった。



「せ、せんぱいっ」
「お前、俺が食べ物のことしか考えてないって思ってるだろ。」
「そういうわけ、じゃ…ひゃっ…!」



 今にも溶け落ちてしまいそうなアイスの棒は先輩の手に渡る。
 あとちょっとでアイス本体が全部棒から落ちそうだという寸前で、ブドウを入れた涼しげな器に突っ込まれた。
 なんとかアイスが畳の上に落ちるのは免れたけど、先輩は私の手を舐めることをやめない。
 指先からツツ…と下りて、指と指の間を舐められた途端、甘い痺れが強く体を震わせた。
 息が詰まって、腰の辺りがむずむずしてくる。
 今日は夏休みの宿題で分からないところを先輩が教えてくれる予定だったのに、コレじゃあ勉強どころか…身が危ない。



「俺が、一体どういう気持ちでお前を見てたか分かるか?」
「わ、分かりません…。」



 アイスを欲しがっているようにしか見えなかった、なんて言ったらそれこそ怒られてしまう。
 答えられない私を責めるように、舌が執拗に指を舐める。
 溶けたアイスはすっかり舐め取られてしまって、もう舐めるものなんて無いはずなのに。
 真弘先輩は暫く私の指の味を堪能した後、小さくため息を付いて、ポツリと漏らした。



「お前がアイスを舐め取ってる姿がエロくて、押し倒しそうになるのを必死に我慢してたんだっつーの。」
「…へ?」
「なのにお前は『食べます?』だぞ?俺が必死に我慢してるのに、何も分かってない顔で『食べます?』だぞ!?」



 やけに真剣な翡翠の瞳が、目の前に来る。
 背中に畳の硬さを感じて、押し倒されたのだと気づくまで、少し時間がかかった。
 常人よりも少しだけ鋭利な小さい歯の隙間から、赤い舌がちらつく。
 唇が、音もなく言葉をつむいだ。



「望みどおり、くってやる。」と。



 

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2007'08.26.Sun
 職員室から教室に戻る途中の階段で、ふと聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきた。
 一体何事かと思って階段を駆け上がった珠紀の目に飛び込んできたのは、珍しく祐一に食って掛かっている真弘の姿だ。
 拓磨が二人の間に割って入って、暴れ馬を落ち着かせるように「どうどう」なんて言っている。
 どうやら真弘が一方的に何かを言っているようで、祐一はめんどくさそうに突っ立っている。



「どうかしたんですか?」
「ああ珠紀、なんとかしてくれ。」



 拓磨は待ってましたと顔を輝かせて珠紀を引っ張り、ズイと背中を押して真弘の前にやった。
 いざ真弘を目の前にしてみると、翡翠の瞳がコレでもかというくらい不機嫌にぎらついてる。
 普段黙っていればそれこそ究極の美少年なのだが、全てこの目つきの悪さで丸つぶれだ。
 もはやチンピラかヤクザとしか思えないほど人相が悪くなっている真弘と祐一の間に割って入ったのはいいが、何をすればいいか分からない。



「あの、どうしたんです?一階下まで怒鳴り声聞こえてきましたよ?」
「どうしたもこうしたもねーよっ!!!!こいつが俺の言うこと信じないのがいけねーんだっ!!!」



 珍しい、祐一はなんだかんだで真弘のことを信用しているし、真弘だって祐一のことを信頼している。
 真弘は拓磨と一緒に居るときは嵐のように怒涛の勢いで駆け抜けていく台風だが、祐一と居るときはその逆で、冷静に物事を考える静かな凪の海のようになる。
 それなのに、どうしてこんなにも怒りをあらわにしているのか。
 振り向いて背中に隠れている祐一を見ると、彼はめんどくさそうに首をすくめた。
 そして1枚の紙切れを見せてくる。



「これ、この前の身体測定のやつですよね?」
「真弘は昔から身体測定の日になると学校を休む癖があってな…さすがに毎回空白なのはいけないってことで、俺が調べることになった。だがいくら自己申告だといっても、180センチは…。」



 180センチ?
 まさか、そんなまさか。
 前を見ると、あれだけ眉間にしわを寄せていた真弘の瞳はやけに挙動不審だ。
 決して視線を合わせようとしない時点で、事実なのだろう。
 珠紀ですら身長は160センチ。大して目線の変わらない真弘が180なんてことはありえない。
 それにしても、身体測定の日は毎回学校を休んでいたなんて。
 そういえば、先日の身体測定の日だけはお昼に屋上に顔を出さなかった気がする。
 風邪かと思って心配して見舞いに行こうとした放課後のこと、祐一に「今はそっとしてやれ」と、よく分からない言葉をいただいたので会いに行かなかったのだが…。
 


「先輩…そんなに身長図るの嫌なんですか…。」
「ち、違うっ!!毎年身体測定の日になると体調が悪くなってだな…。」



 ごにょごにょと言葉を濁す真弘からは、もうさっきの苛立ちなんて見えない。
 ズル休みしたことがばれて必死に言い訳しようとする小学生のような瞳だ。
 あまりにも情けない、これが命を駆けて死闘を繰広げた男の姿なのか。
 尊大に胸を張るいつもの真弘はそこにいない。
 居るのはただのわがままな子ども。



「…珠紀、そのまま…。」



 ふと肩に重みを感じて振り向こうとした珠紀を、祐一は背後から制した。
 やんわりと、けれども決してその場から動かないように肩を掴んでいて、一瞬真弘の視線が不機嫌そうにゆがんだが、珠紀がじっと見ていることに気づき、ハッと眉間のしわが伸びる。
 一歩引き下がった拓磨が、サイドでぶつぶつ呟いていた。
 カメラのフレームみたいに指で枠を作って、その中から珠紀と真弘を見つめている。
 ああ、成る程、そういうことか。
 祐一と拓磨の意図が読めて、珠紀は思わずぴんと背筋を伸ばす。
 真弘は怪訝そうに、首をかしげた。



「何だよ急に、校長でも通ったのか?」
「真弘先輩、ちょっとちゃんと立ってみてください。」
「あ?何でだよ…ったく…。」


 なんだかんだ言いつつも、真弘も珠紀に習ってピシリと立つ。



 「目測…3センチ。珠紀は確か…16…」



 横から聞こえてきた拓磨の呟きに、真弘がサァと顔を青くした。
 拓磨の呟きにあわせて「あー!!!あーっ!!!」と騒がしくわめいた後、顔を鬼の形相に染めて珠紀の手をがしりと掴む。そして一目散に駆け出した。
 さっきの小学生はどこへやら。その目はすっかりぎらついていて、視線だけでも人を殺せそうな勢いだ。
 殺人的なまなざしを振りまきながら屋上を目指し廊下をひた走る真弘が怖いのか、前方の人はサッと窓辺に身を寄せて小さい竜巻を避ける。
 そこまで怒らなくてもいいじゃないかと思う珠紀の気持ちなど意に介さず、真弘の唇が小さく動いた。



「珠紀、屋上着いたら覚悟しとけよ。」



 一体どんな覚悟をすればいいのか。
 地を這うようなどすの利いた声でささやかれ、、珠紀はこの後の展開を予想して冷や汗を流すのだった。
 結局、真弘の身体測定の用紙は無事に拓磨と祐一の手によって完成するのだが、その時屋上では平行して珠紀にいろいろ災難が降りかかっていたことを、彼らは知らない。

拍手[1回]

2007'08.25.Sat
 黒いペンで塗りつぶされた一箇所が、やけに痛々しく思える。
 彼はどんな気持ちでこの部分を塗りつぶしたのだろう。
 珠紀は手にした用紙を、もとあった場所にそっと置いた。
 教科書と教科書の隙間に。
 こんなところに隠すようにおいてあるということは、他の人間の目に触れさせたくないということだろう。
 これは見なかったことにしなければならない。



「珠紀、開けろ。」
「あ、はいっ!」



 お菓子を取りに台所まで行っていた真弘が部屋に戻ってくる。
 慌てて机から離れて、ドアを開ける。
 目の前には、両手いっぱいにお菓子を抱えた真弘。
 まじまじと、その顔を見る。
 少しだけ低い目線。気のせいでは無い。 



「…なんだよ?」
「ななな、何でも無いです。」



 半眼でにらまれて、思わず視線が泳いだ。
 あれを見てしまったことを知られたら、きっと怒られる。
 だからばれない様にしなければ。



「先輩、私は先輩が大好きですから。」
「なっ、突然何言ってんだよ。」



 今度は翡翠の瞳が泳ぐ番だ。
 一瞬机のほうを見てヒヤッとしたけれど、すぐに視線は別の場所を泳ぎ始める。
 良かった、気づいていない。
 珠紀は心の奥底で、単純な真弘に少しだけ感謝した。
 あの、身長のところだけ無残に塗りつぶされた身体測定用紙を見たことは、絶対ばれてはならない。


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